100年俳句計画 2017年6月号(No.235)


100年俳句計画 2017年6月号(No.235)

注意
これは視覚障がい者の100年俳句計画年間購読者のためのテキストファイルです。
通常の著作物と同様、許可無く複製/転載することを禁止します。






目次


巻頭リレーエッセイ
てん点


特集1
第6回 瀬戸内 松山 国際写真俳句コンテスト 結果報告


特集2
第六回 百年俳句賞 優秀賞作品(下)

  「首塚の向こう」初蒸気
  「前進」片野瑞木
  「くるぶしの砂」きとうじん

特集3
くいしんぼう 台湾吟行および 俳都松山キャラバンin台北(後編)



好評連載


作品

百年百花
 門田なぎさ/井上さち/平山南骨/大塚迷路


新 100年の旗手
 くらげを/涼野海音


新 100年への軌跡
 俳句 岡田朋之/紗蘭
 評  都築まとむ/樫の木




読み物

美術館吟行/恋衣

Mountain Cabin Dispatch/ナサニエル ローゼン(翻訳:朗善)

JAZZ俳句ターンテーブル/蛇頭

ラクゴキゴ。/らくさぶろう

クロヌリハイク/黒田マキ

百年歳時記/夏井いつき

鑑(み)るという冒険/猫正宗

mhm通信/蓮睡

朝の見る句/蜂谷一人


読者のページ

100年投句計画
 選者三名による雑詠俳句計画
  桜井教人/阪西敦子/関悦史

 へたうま仙人/大塚迷路
 自由律俳句計画/きむらけんじ
 詰め俳句計画/マイマイ
 100年投句計画 投句方法

短歌の窓/久野はすみ

百人百様E-Haiku/菅紀子

俳句ポスト365

一句一遊情報局

疑似俳句対局/美杉しげり

100年俳句計画 掲示板

魚のアブク

鮎の友釣り



告知

編集後記

次号予告





巻頭リレーエッセイ



どくだみの庭
てん点 

 「あら、お宅どくだみが一杯ね」
 「あ、はい。強い草ですよね、どくだみって」。本当は育てているんですと言いたかった。
 どくだみは匂いがきつく嫌われがちだが、別称十薬の名の通り薬効があり、花のような十字の総苞は清楚で美しい。また、その葉の美しさを教えてくれたのは葉画家 群馬直美さんの『裏庭のマザー テレサ』と記された小さなテンペラ画だった。
 群馬教室に通うようになったものの一枚の葉と向き合い、葉と対話しながらありのままを描くのは元々絵が苦手な私には至難の業だった……だけど、かきたい!
 それは一つの季語と向き合う時も全く同じだと近年漸く気づかされた。
 六月 水無月 風待月。
 さあ、庭に出てどくだみを詠もう。葉を摘んで原寸大の絵を描こう。出来れば赤紫の斑点と虫喰いのある表情豊かな葉がいい。


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第6回
瀬戸内 松山 国際写真俳句コンテスト
結果報告



 去る3月18日(土)、松山市立子規記念博物館に於いて、第6回「瀬戸内 松山 国際写真俳句コンテスト」(松山市、朝日新聞、朝日カルチャーセンター主催)の表彰式が行われました。
 募集内容は、写真も俳句もオリジナル作品での応募の【日本語自由句部門】【英語自由句部門】、課題写真にオリジナル俳句での応募の【日本語課題句部門】【英語課題句部門】の4部門。審査は、【写真俳句】の提唱者でもある森村誠一(作家)、俳人の夏井いつき(俳人)、デビッド マクマレイ(国際俳人)、山口亜希子(俳句編集者)、キム チャンヒ(俳句マガジン「100年俳句計画」編集長)の5名により行われました。
 本特集では、全部門3002作品の応募の中から選ばれた 各部門の最優秀賞作品4点をご紹介いたします。
 なお、第7回コンテストの募集も開始しております。詳しくは、大会ホームページをご覧下さい。

第7回瀬戸内 松山 国際写真俳句コンテストホームページ
http://matsuyamahaiku.jp/contest/


日本語自由句部門最優秀賞
船棄てる冬青空の調えば  愛媛県 土居正明


英語自由句部門最優秀賞
vacation friends
their empty spot
on the beach

France(フランス) Eleonore Nickolay


日本語課題句部門最優秀賞
核のある地球に非常口が無い  広島県 黒飛義竹


英語課題句部門最優秀賞
Autumn butterfly
tempted by sutra chant
over the temple gate

大阪府 Teiichi Suzuki


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第六回 百年俳句賞 優秀賞作品(下)



先月号に引き続き、第六回百年俳句賞優秀賞作品を選考会員のコメントと共にご紹介します。


「首塚の向こう」初蒸気

 独特な表現だが、読んでいて疲れないのは、共感あるいはイメージとしてきちんと伝わる作者の確かな技術を感じる。

 バラエティーに富み、読み進むうち、程よいユーモアにクスッとくる。
 懐石料理やフランス料理とは違い、気取りなく楽しい、B級グルメ会場に迷い込んだような気分にさせてくれる。

 詩は、美しい言葉だけに宿るのではないことを証明してくれたこの作品があって良かった。俗な言葉を使いながら表現が洗練されている。生々しい日常のなかにぽかりと存在する別次元をキャッチし、この世界(現実世界)の言葉にうまく翻訳しているといえば言いすぎか、突出したセンスのなせる仕業か。

 作者がいくら独善に陥って自己陶酔の媚薬の壺に溶けようとも、これから先もそのどろどろに溶けたどす黒い液体を検視官のように見たくなる。この危うさをぎりぎりのボーダーを彷徨いながらずっと演じていて欲しい。そして防音扉のその先を提示して欲しい。

雉遊ぶすスナツクみやこ裏の藪
五月雨の砂場にヒーロー刺さつたまま
葉桜や太陽の塔に黒き貌
颱風の赤き目玉が御前崎
首塚の向こうただただ葱畑


「前進」片野瑞木

 日々どんな風に過ごしているのか、どんな景色が周囲に広がっているのか、作者の姿が生き生きと見えてくるようでした。
 「前進」というタイトルもこの健やかな作品らしくていいなあ、と思います。

 いくつかの句には、何か泣きたくなるような生への愛おしさが感じられた。

 田舎暮らしが豊かで楽しいものと感じさせる句群。佳句が多く読み手を飽きさせない。出だしの構成に一工夫が欲しい。

 作品の中で多くを占める生活詠が、心地よいものに仕上がっていることに感動する。そんな中で、繊細な句や、おおどかな自然詠があり、作者の力を感じる。

 土の匂いがいたるところから発せられているがこの生活臭が持ち味。かと思うとまたちがった味わいの句もあって読み手を飽きさせない。

 小手先のレトリックで濁さない、しっかりとした実の描写が光っており、続きが読みたくなるような作品だった。

 作者の住む町を取り囲む自然や、そこに生きる人たちのおおらかさや明るさの伝わってくる作品でした。そういう意味では詠まれている世界は大きなものではありませんが、生活感にあふれ好感がもてました。

 81句の世界観がぶれず、心地いいのは、作者が季語を自分の血肉とし駆使しているから。句の並べ方にも配慮があり、気合のこもった作品であるように思った。

 言葉に無駄が無く、楽しげに農作業にいそしむ姿と、土の匂いのする佳句が多い。

 地に足のついたどっしりとした作風と感じた。日常の出来事を飾り立てずに素直に詠んでいる所も好ましい。そんな中でも、時折きらりと現れる作者の着眼の鋭さにはっとさせられる。

 干梅、日向水、盆見舞、豊の秋などという少し古風な季語が、一句の中でリアリティを持って立ち上がってくる。

 「これだけは嫌だ!」という句と「一生忘れない!」という句が渾然一体となっているこの群れの中に鼻の下まで漬かっている。とにかく生活感がハンパない。あまりにリアルすぎて、この世界の経験の無い人には虚の世界と思わせる変なベクトルがある。

 農業の現場がリアルに感じられるところに好感を持った。俳諧味も味わいがある。少し安易な取り合わせが散見され、そこが残念に思った。

蜜柑伊予柑トンで数える町に住み
軽トラの荷台冷たし昼ご飯
寒肥えの手でアマゾンの荷を受ける
うぐいすの声はアルカリ性らしい
春の月熟れて泣き出すかもしれぬ


「くるぶしの砂」きとうじん

 句意を言い切ることなく、読者に想像の域を残しておく作風は余裕さえ感じさせる。比喩や捉え方が独創的で本質をついている。

 バラエティーに富んでおり、読み手を楽しませる句群。序盤の句に物足りなさを感じるが、中盤以降確かな句が続き惹きこまれていく。

 動物の句に秀句が多かった。軽く明るいおかしみのある句がアクセントになり、無理なく最後まで読めた。

 ちょっと不思議な言葉と言葉、季語との衝突が魅力を持った句があった。

 ファンタジー、ユーモア、ペーソスのある中に鋭い視線もある。表題句により、夏になったら「くるぶし」を見てしまうだろう。

茶の花の光の束と覚ゆかな
憲法の重みに耐へてさくらんぼ
くるぶしの砂は炎天従へて
金風を傾ぎぬスワンボートかな
冬近し輪ゴムのやうな匂ひして


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第6回百年俳句賞 優秀賞

首塚の向こう


初蒸気


雉子遊ぶスナツクみやこ裏の薮
ミゼツトが昼告げにくる若布刈舟
菜の花右折ため池左折の製麺所
しまむらのチラシから点く野焼かな
藍蒔くや中天占むるひしやく星
青黒き海馬へ雪崩響きけり
海市には焦土となる前のすがた
ケロケロと海胆割る歯抜け婆の笑み
梅は紅明治女の足早し
春風のどこかへ抜ける埴輪の目
ユニコーンの糞のごとくに落椿
粘土から浸み出す油春の月
花雪洞おたいこのきうきうと鳴く
鳥曇小町はいつも後ろ影
宣教師の自転車ふたつ朝桜
強東風や本に挟んで出る切符
若鮎のひかりを描く水と墨
メーデーの犬歯へ二発打つ麻酔
野蒜引けば命絶つ音して切れる
馬鈴薯植う芽がないやつは山へ放る
鈍な子よ鈍な子よ天道虫よ
同銀と打つて卯の花騒ぎ出す
怪談のまだ無き池に蜻蛉生る
五月雨の砂場にヒーロー刺さつたまま
鰹船笑ひもげんこも降つてくる
巻寿司の上手は大概お節介
花蜜柑芳しまたたくひとつ星
ごきぶりや一億年後に伝へる詩
皇帝のいない午後なり新樹光
この国を畳まん畳まん土用波
夜濯ぎやFMからはガンダーラ
縄文人捕まへる罠竹婦人
夏深くして愛慾咽喉へせり上がる
葉桜や太陽の塔に黒き貌
原子炉の大蛾太古の壁画めく
幾万の向日葵白くエノラ ゲイ
人形にされちまふ夢アマリリス
トマト青し告白代はりに切る手首
炎帝や刺青のドクロ薄笑ひ
弔ひの列登り来る栗の花
霊棚を解くや轟く大潮騒
颱風の赤き目玉が御前崎
賽銭は穴のある銭秋の風
しめぢ踏み砕き桃太郎一行は
だつてあんた拾つた子だもん衣被
安つぽい叔母の口づけ日日草
ホシは元ハウスマヌカン烏瓜
村八分まだ生きてゐる陸稲かな
心霊写真蔵ひし戸棚虫の声
利休が今朝配り歩きたる朝顔
刈り残る蘆がくすぐる若い夕陽
旧駅舎バラして秋の箱へ蔵ふ
菊戴来てひきだしのやうな家
歯磨き粉は首まで絞る鵙の贄
牛糞の凝りゆくなり秋薊
蟷螂は腹やはらかに雄を喰ふ
眼帯の少女と男そぞろ寒
七回忌は去年でありしか柿紅葉
文化の日地獄の門の黒光り
家売ります銀閣寺裏冬日影
歌ふたび乳房膨らむ花八手
五軒目のママに伊予柑で帰さるる
室の花死ねば二倍になる噂
煮凝や子宮に傷のある話
神の旅道訊くたびに窓下げる
國閑か古墳に落葉焚三つ
引き鉄は甘く冷たし王を撃つ
大観音屹立させて山眠る
冬晴へ無罪の二字の駆け出せり
雪ぼとけ小さく作る肺に影
人形筆のうつかり顔出す小春かな
茶の花や陶土に混じる月の砂
カテドラルの悪鬼舌出す雪催
ぢいさまがなまはげにしかられてゐるが
百円札のごとき手で婆餅を焼く
初売のフロアへと出る深く礼
歌留多には円空仏のごとき姫
初鏡世界とわたりあふために
脱藩す切干白き道駆けて
首塚の向こうただただ葱畑
富嶽白し鶴の柩を作る朝

初蒸気
1975年生まれ。2005年ごろ、勤務していた松山で俳句を始め、眉をひそめられる俳号を名乗って12年。第4回大人コン優秀賞。妻はカリメロ(俳号)。


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第6回百年俳句賞 優秀賞

前進


片野瑞木


無駄吠えをせぬ猟犬の目のつぶら
猪撃ったらしき銃声ほど近し
石路の花二本に踏んづけられし跡
蜜柑伊予柑トンで数える町に住み
軽トラの荷台冷たし昼ご飯
頬被して助っ人は左利き
冬鵙をかき消しモノラック前進
ケアマネのバイク紺色風花す
老猫の開かぬ右目や龍の玉
レジに列右足薬指が霜焼
餅つきの猫の手として義父と義母
御降や飴の包みで折る奴
迷い来し他家の賀状の美しき
大根を干し来客は帰国子女
着ぶくれて農協女性部上京す
店頭で乾き試食のデコポンは
花型の人参残るランチ皿
四谷三丁目に雪女の匂い
印刷のかすれし切符都鳥
大鷹に左右対称なる孤独
寒肥の手でアマゾンの荷を受ける
鋸の音止んで四方の笹鳴けり
待春のお好み焼きを食べに行く
うぐいすの声はアルカリ性らしい
梅東風や迷った時は右が吉
黙りこむ人型ロボット春の雪
紙風船上手にたためるのが自慢
蕨餅買うても敷居高き家
捨てられてものの芽だらけなるジープ
啓蟄の電柱たてる深き穴
種袋裂いてざっくり二等分
青き踏む外反母指の妹と
鎌の刃に厚めと普通あり日永
いちめんのなのはなかりたおすさぎょう
生返事すればコジュケイ鳴きやみぬ
春愁はアフリカゾウの形して
音高く珈琲豆を挽くさくら
春の月熟れて泣き出すかもしれぬ
麗かや足を痛める靴はいて
一身上の都合で蜷の引き返す
桜蘂降るや涙管狭窄症
筍を配り歩くという日課
尺取が軍手の小指測定中
翡翠に見入る人なき川辺かな
てらてらと影を濡らして夏の蝶
市長も議員も蜜柑の花の香にまみれ
夏薊迷子の犬に人だかり
自転車の子と追いかける汗の子と
トラックの高き助手席麦の秋
ラムネがちゃがちゃ少年は群れたがる
それぞれの肩に蛍のいる密談
収穫用コンテナが椅子生ビール
南東を向いたっきりの扇風機
柔らかき闇や青葉木菟がそこに
干梅を裏返すこと墓のこと
夏暁を鎌研ぐ音が急きたてる
蚊取線香腰に吊るして集合す
挨拶もそこそこに夜盗虫の話
眠そうな昼のラジオや日向水
たらちねの母はためかすアッパッパ
水槽の鯵の目指しているところ
父方の叔母は六人盆見舞
新涼の蛇口磨けば映る顔
よく学びよく忘れるや大糸瓜
爽やかに鳥居の下は工事中
踏みこめば草散るように飛ぶバッタ
盗塁のチャンスが赤とんぼだらけ
ジャングルジム跡地に猫じゃらし猫じゃらし
大根蒔き上級着付師之店へ
身の丈に合わぬ大菊もらいけり
鶏頭の赤だけ夜になりきれず
株太くコスモス荒れる休耕地
不機嫌に叩き潰すや鰯の身
死にかけた話と今年酒が土産
高所恐怖症疑惑の簔虫
地下足袋の名は力王ぞ豊の秋
団栗ころころ農道が通学路
余所行きの夫の草の実取ってやる
天丼は並み黄落は真っ盛り
尾が足りぬ花野まっすぐ歩くには
野路菊と鳥獣慰霊の碑と雲と

片野瑞木
1963年愛媛県生まれ。みかん農家に嫁いで二十ン年。さえずり句会所属。


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第6回百年俳句賞 優秀賞

くるぶしの砂


きとうじん


小春日の観音様へ尻向けて
別宅の歯ブラシ勤労感謝の日
結願や枯木に育つ影のあり
常連のやうな顔して日向ぼこ
さざんかの幾分甘き余熱かな
青空を主食としたる綿の虫
ふくろふの逆光の尾の整はぬ
茶の花の光の束と覚ゆかな
着ぶくれて海がこんなに青いとは
暁の霧氷の影を重ねつつ
大根引く律儀な土と知りながら
数へ日のチンパンジーが手に負へぬ
毛皮かけ夜の始まる音のして
恋敵に一撃ポインセチアかな
室咲きの女を連れて大阪へ
こな雪にふれて硝子となる時間
アフリカの影を残して寒の月
手の内を明かさぬやうに消ゆる雪
天狼の吠える山岳救助隊
鳩胸のペンギン春隣へ移動
清廉な月を目指して魚は氷に
ふきのたう猫の欠伸が怖かつた
なみしづかあはゆきしづかほししづか
仏性をあらはにきさらぎの黒猫
落ちてなほ椿は水を讃へけり
かぎろへる海へ水切りの喝采
中傷やわするな草を束ねたる
見せかけの春ショールなら脱ぎたまへ
花影の開かば海神のしづか
てふの昼二言三言置いてゆけ
口実のほど良き花の雨である
お世嗣の一重瞼や春の月
かばつてもかばつても桜蕊降る
げんげ田の中に躓く遊びかな
約束のごろりごろりと春の雲
折鶴の向きを変へたる石鹸玉
返信や加速始むる若葉風
あれは夏うぐひすの引つ込み思案
憲法の重みに耐へてさくらんぼ
肱川や風薫るとも唸るとも
太陽が折り重なつて麦の秋
天道虫放つ左利きの空へ
花うばら最後に拾ふ喉仏
見えさうで見えぬ蜘蛛の囲まだ見えぬ
梅雨入り梅雨入り降り口は右側
花合歓の眠りは浅く浅く過ぐ
ほうたるや幽かに匂ふ海に似て
浴衣ひつぱり出し同窓会幹事
かたちにはこだはるつもり糸とんぼ
青田風ついでに来たと母が言ふ
煩悩のつきぬ顎髭のうぜんか
折に触れて話さう虹の触れ方を
刺青の半分は海仏桑花
発破音木霊して夕虹の遥か
星屑を撒き散らしたる蚊喰鳥
くるぶしの砂は炎天従へて
緑眼の猫戻り来る熱帯夜
広島やサルビアの口鯉の口
脱サラ志願空蝉の転がつて
ふりだしに戻る雨脚つくつくし
退屈な花野のネジを巻きました
太陽の申し子となり稲雀
うつむいて歩くライオン秋湿り
正論は吐き捨てるものたうがらし
歯形から割り出す仕事星月夜
女郎花燻ゆる煙草の名を問ふて
赤とんぼ国益のこと海のこと
花カンナ歩いて行ける距離に海
靴底の波打つてをる秋思かな
まんぢゆうのほどよき甘さ小鳥来る
三日月のかたちにあるく秋の浜
金風を傾ぎぬスワンボートかな
朝焼けや月の脱け殻あると云ふ
藍染めの糸解かれゆく秋の水
あの日から空はゆつくり血止草
月熟るる甲状腺の傷の痕
かまきりの怒りも買へぬ貌でして
仮縫ひの空ををひらいて黄落期
耳鳴りの中の海鳴り秋の暮
銃口や板門店の月硬し
冬近し輪ゴムのやうな匂ひして

きとうじん
1963年生まれ。A型の水瓶座。趣味は筋トレにゴルフ。特技は匍匐前進にロブショット。最近、人生相談をよくされる。


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特集

くいしんぼう台湾吟行および
俳都松山キャラバンin 台北(後編)


文 ふじみん(岡田一実)


 三日目。雨。自由行動の一日。夏井いつき組長、兼光さん、だりあさんは帰国。残ったメンバーは國立故宮博物院行き組とのんびり組に分かれる。マイマイと私はのんびり組。ゆっくり起きて台湾名物のガチョウを食べに行くことに。Google mapで調べて阿城鵝肉というお店に決めた。台北の街を歩く。羅さんが人口過密だと言っていた意味がよくわかる。ミニバイクが多い。お店も多い。カラフルな看板に気を取られたりしながら、お店に着く。

Free Wi-Fiの限界にゐて長閑なる

 開店前十分。我々の他に既に並んでいる人も。開店と同時にどっと入店する。すぐに一杯になる店内。注文書に注文の数を記入。燻製のガチョウ二百元、地瓜葉(薩摩芋の茎を炒めたもの)八十元、鵝腸湯(ガチョウの腸の肉スープ)六十元、鵝油拌飯(ガチョウの油を白米にかけたもの)二十元をそれぞれひとつづつ注文してシェアすることにして、注文書を店員さんに渡す。二人でしめて三百六十元(約千四百四十円)。安い。隣の慣れた風のお客さんがお店のティッシュでお皿を拭いていたので真似する。すぐにオーダーが揃う。ガチョウ肉は柔らか。鵝油拌飯は想像していた以上にいい香り。地瓜葉は大蒜の香りと唐辛子のピリ辛。鵝腸湯は優しい味付け。どれも好吃! つまり美味しい!

ガチョウ積まれ盛られ食べられ花の雨

 午後からは台湾マッサージを受け、夕御飯は羅さんの行きつけのお店で海鮮料理。それまでやや時間がある。稀勢の里の優勝決定戦を観る。

台北のホテルや春場所千秋楽

 集合時間にホテルのロビーで集まってタクシーでお店に向かう。羅さんが行先の通りの名前を書いて渡してくれる。タクシー代は六十〜百元ほど。台北のタクシーは安い。お店に入り近くのコンビニで紹興酒を買ってくる。持ち込みOK。羅さんは燻製のガチョウ肉とフォアグラを買ってきてくれた。お店の料理もどんどん出てくる。

羅(ラー)さんのお勧め常節照りに照る

 四カ国語に堪能な羅さんはお母さまが日本人ということで、平生は日本語で考えていると言う。台湾のあれこれを教えてもらう。ここの料理もまことに美味しい。
 さて、満腹になったら夜市へ繰り出そうということになる。羅さんとは別れて、寧夏夜市へタクシーで向かう。夜が灯る。押すな押すなの大盛況。様々な匂いの中を渡ってゆく。

春宵や街賑やかに火を使ひ


 四日目。晴れ。龍山寺へ。日本のお経の音程とは違う高らかな読経の声の中をお参りする。最後におみくじを引く。なぎささんは大吉。

龍天に昇らず屋根に遊びゐる

 シンメトリーの総統府を通って中正記念堂へ。豪華なキャデラックなど蒋介石ゆかりの品々を見て、高さ六.三mの蒋介石像を見る。
 全ての観光が終わり、免税店で買物。私とマイマイは近くの果物屋で生ジュースを飲んだり、シャカトウという果物を食べたり。

春風や免税店の皆を待つ

 寶島で石鍋を皆で食べたらそろそろ帰国だ。桃園空港。羅さんと名残惜しくも別れる。

暖かや出国審査に指紋見せ
黄砂降る離陸や機体激しく揺る

 機内食を食べ、外を見ると入日の時間。ゆっくりと太陽が雲に沈んでいく様を見る。

雲の上にゐて雲の上の春夕焼
広島は春の時雨や荷を運ぶ

 予定より一時間も早く広島空港に到着。日本は肌寒い。入国審査を受けバスへ。らまるさんの挨拶、添乗員の藤田さんの挨拶と続き、四日間の長きにわたる旅に一同思いを馳せる。思い返せば事故もなく、病気も怪我もなく、犯罪にも巻き込まれず快適な旅だった。それもこれも添乗員の藤田さん、ガイドの羅さん、マルコボの皆のおかげだったとしみじみ思う。北条でなぎささんを降ろし、無事に松山市駅到着。二十三時。

旅終へて固き握手や春の星

三泊四日の台湾旅行は実においしい充実した旅行であった。


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美術館吟行


第30回

「若冲、琳派、かざりと雅
 京都 細見美術館名品展」吟行会

取材協力 「細見美術館名品展」実行委員会(愛媛県、愛媛新聞社)、愛媛県美術館 
6月5日(月)まで開催

文 恋衣


 チラシの表を見ても、裏を見てもわくわくの早朝の目覚め。
 初夏の気配する日曜日、愛媛県美術館に、俳人集合。学芸員の長井さんに「至近の鑑賞が、できるような展示になっていますので、若冲の細かいテクニックもお楽しみいただけます」等、見所を教えて頂く。


 第一章 日本美術の教科書

 プロローグは、久保田金僊「細見良氏画伝」、昭和初期の生活風景の細かい描写に魅入る。続く古墳時代の鹿型装飾品に、鎌倉、室町、桃山の絵巻、美術品に時代を忘れてしまう。再び、日常生活の想像しやすき江戸を鑑賞。
 この日の第一句目は、こちら。

 「富士望見図」 青木木米
春雲が富士に流れる平和だなあ  チャンヒ

 「夜鷹図」葛飾北斎
柳揺れ夜の気配に振り向きぬ  マーペー
黒髪を濡らし夜鷹の川縁に  ひかる
北斎の夜鷹すらりと月を見ず  阿昼

 この立姿も「五美人図」(後期展示)も艶やか。
 次は愈々、中々お目にかかれない伊藤若冲。


 第ニ章 若冲、繚乱。

 「雪中雄鶏図」
凝視する其は若冲か雪に鶏   日暮屋
雄鶏のまなこ射透す雪の白   ころん
淡雪へ真紅の鶏冠たたきつけ  マーペー
新雪のほろりと落ちそな時止めて  こもれび

 竹に積もる雪に触れそうな鶏の尾羽と大地のにほひも確かめているような嘴。鶏冠と雪の色のコントラストと構図の妙に誰もが釘付け。
 一転し墨で描かれたふくよかな鶏や犬。

 「虻に双鶏図」
ひたすらに見上げる先に虻ひとつ  ころん

 「仔犬に箒図」
春落葉掃くや仔犬のお尻ごと  阿昼

 「風竹図」
竹の春ざわめきに墨のかすれ  日暮屋
雲の峰青竹ビブラートきかせ   マーペー

 展示の工夫も合わせて楽しめる双幅。

 「瓢箪 牡丹図」
旅の朝を瓢箪の吹かれおり   日暮屋
くびれたる瓢箪ふとりゆく愛憎  ひかる
筆に墨ふくみ生まれる蝶の息  チャンヒ

 若冲の鶏の数さらさら増えて共に佇む。

 「鶏図押絵貼屏風」
雄鶏の尾羽煌めき夏来る  ころん
いかづちの中に光るは鶏の眼ぞ  恋衣

 若冲と言えば、豪奢な鶏だと思っていた。対面を楽しみにしていた。しかし、墨の香を漂わせ迫りくる若冲の世界に取りこまれる。


 第三章 祈りのかたち

 平安 鎌倉時代の仏教 神道美術の伝える美の世界は「普賢菩薩像」からはじまる。

春の夢呵々大笑の白い象  猫正宗

 鏡の面の仏の姿に、耀く金銅の透彫、杵、鈴、銅鏡に、いにしえの作り手を思う。

 「羽黒山御手洗池出土銅鏡」
銅鏡を彫り上げて聞く雲雀かな  阿昼


 第四章 茶の心、かざり

 二之丸庭園や俳句甲子園にてお茶を戴く事がある程で、全くないと言える茶の心ですが、千利休の「消息 釜の文」をじっくりと拝見。お茶席の道具「芦屋霰地楓鹿図真形釜」のまろやかな形を何度も四方より見て飽きず。

 「七宝八角水指」
水差しの形に水の涼しさよ   恋衣

(桃山の釘隠、引手、江戸の雅に誘われ、後日、愛媛県美術館お茶席を堪能した)


 第五章 花開く琳派

 引き継がれる芸術を更に高めゆく宗達の書と光悦の下絵「忍草下絵和歌巻断簡」拝見。

 「双犬図」俵屋宗達
春眠に溶けあっている子犬たち   猫正宗

 光琳の弟乾山(陶芸家)のその銘の凛々しき事。

 「牡丹唐草文向付」 尾形乾山
向付春風に延ぶ底の銘  こもれび

 展示室に溢れる季節の香りの中に鳥や鹿が。抱一の「桜に小禽図」の鳥を見入る人多し。

 「鹿楓図団扇」 酒井抱一
鳴きもせず見返るばかり囲い鹿  ひかる
さつくりと風を切りたる鹿の角  恋衣
こんな日は秋の団扇の中に居る  チャンヒ

 屏風に放たれた家鴨の声する春昼の美術館を後にする。

 「水辺家鴨図屏風」鈴木其一
六羽目は春の雲見る家鴨かな  阿昼



 「瓢箪 牡丹図」伊藤若冲
ひゆるひゆると瓢箪手足伸ばしけり  恋衣
涼風を待ち焦がれたる土用中  猫正宗

 「鹿楓図団扇」酒井抱一
団扇直立光線に裏表  日暮屋


恋衣
絵画をJAZZをこよなく愛する俳人。


次回吟行会
愛媛県美術館「ウェールズ国立美術館所蔵 ターナーからモネへ」吟行会
6月10日(土) 朝10時現地集合
参加費無料(入館料は別途)
申込締切 6月8日(木)
『100年俳句計画』編集室までお申し込み下さい。
TEL 089-906-0694


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百年百花


大人コン選考会員4名による4ヶ月間競詠
2017年度 第一期 第三回


風に芯
門田なぎさ

ともに聞く春竜胆の風に芯
熊蜂の点呼のごとくやってくる
頬杖の眼に初夏の橋馴染む
実績の数字が綺麗さくらんぼ
ストローのくたり薄暑の給湯室
葉裏には葉裏の心地かたつむり
鹿の子の砂のひかりを踏み渡る
木下闇空のどこかの固くあり
ほうたるを掬いて指は生きている
惑星のしんしんとあり水羊羹
雨は色持たず馬の眼涼しくて
咲ききって花火は谺さがしゆく

春から夏にかけての雨の日は案外好きである。本を読んだり、音楽を聴いたり、部屋の片付けをしたり。だらだらするのは、得意なのである。


耳塚
井上さち

春愁のドーナツ百へ粉砂糖
たんぽぽやえくぼのような手術痕
ピスタチオ砕く春夜の赤ワイン
アヒージョに浸すバケット春の月
花時の罠にお隣の黒猫
春神楽鬼に差し出す赤ん坊
春の夜神楽面の下もきっと鬼
風光る水竜の背の縹色
杉林の木漏れ日を行く花の片
耳塚に桜蕊降る天赦日
春の空土煙引くラリーカー
小野リサと立夏の海とカブリオレ

「いつき組」組員、「街」同人。
季語の宝庫、日土に暮らす。


空つぽ
平山南骨

朧夜の外階段の鉄の音
藤房のながながしきを天麩羅に
葉桜やタイヤが水をしぶく音
青あらし当座の金を下ろしけり
柿若葉はらわたに水しみわたる
目配せは筍を掘るはかりごと
暮れぎはの雨にほひけり不如帰
後朝の耳もとを蚊の過ぎりたる
キャベツの葉剥がし難しよ毟りたる
河骨も空つぽの頭も揺るるなり
白日傘ボルゾイ犬を伴へる
三光鳥夢と分かれば二度寝せり

1968年生まれ。2005年より作句開始。「鷹」同人。


遊ぶ
大塚迷路

櫂のある舟に遊べる聖五月
フェラリアの犬畔に寝る田植かな
花の宰相俳句が文化遺産ですと
抱卵の燕しびれが切れたので
薫風やたかが俳句と言える人
大池や田螺はついに出会いけり
ゲージュツと言われ襟を正すクラゲ
あめんぼのくせに大仰な水輪よ
妖怪じゃないよね萬緑の奥の
闇色という絵の具蛇水を出る
青嵐舌の根の奥のどちんこ
二番子の私一生遊びたい

無駄が愛おしくなりだしたら本当になるかもしれない。
俳句から無駄を取ってほしくない。


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読者投稿による3ヶ月連載作品集

新 100年の旗手


(2017年4月号 〜 2017年6月号 3/3回目)


睦みあふ
くらげを

ソーダファウンテンの標高夏野原
五月雨ともろくでなしとも 睦みあふ
ぐりこ、ぐりこ、止まつてここに木下闇
おもひつき名人(兄)や瓜の番
螢すごき崖つぷちなり吹き上げて
溺れさう楓若葉のささめきに
あまがへる頭にのせた子や初恋
のんのんと空耳つづく水芭蕉
知り合ひかもつておまへが言ふなはったい粉
自堕落やももを齧らばひぢ濡るる

ふなむしーずの摩耶山担当。好きなきのこはタマゴタケ。何でもひっくり返します。


夏来る
涼野海音

煙草吸ふ少年ひとり花は葉に
メーデーや雲より白きフェリー着く
魚跳ねて夕暮きたるこどもの日
夏立つや岩に置きたるモデルガン
ワイシャツはの白さ夏来る
僧の子の麦笛のよく鳴りにけり
短夜の濡れたるままの哺乳瓶
火の山の裾へ飛びたる夏の蝶
ゆふぐれの水に映れる羽抜鶏
パレットに残る草の香星まつり

1981年香川県生まれ。「火星」「晨」同人。高松 木の芽句会幹事。句会前にウドンを食べてエネルギーを充電してます。


2017年 第3期連載者募集中
締切 2017年8月15日(火)
応募内容 2017年10月号に掲載できるタイトル付の10句
応募先  Eメール magazine@marukobo.com
件名に必ず「100年の旗手応募」と明記して下さい。
(郵送またはFAXでも受け付けております。詳しくは編集室までお問い合わせ下さい。)


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新 100年への軌跡


2017年度 第一期
第三回


ぎこちない温もり
岡田朋之

意味もなく横文字並べて一人静
加害者になりたがってる薔薇の花
花は葉に抵抗は曖昧なまま
珈琲の残骸があり夕永し
薄い春の色を無理矢理嚥下させ
花冷えがひび走らせる脊椎よ
小指噛む程に二人だ猫柳
夏蜜柑爪立てて泣くばかりの夜
ぎこちない温もり漏れて遅桜
桜の実汚した鎖骨がえぐれてる
互いに下手な距離の取り方豆の花
春の雨止めば嘘をつかずいる
石鹸玉触れる指先を怯え
心臓が痛い痛い日春逝くか
育んだ間違い桜漬こぼす

岡田朋之(おかだ ともゆき)
1992年生まれ。学生俳句団体ふらここ所属。


夜想曲
紗蘭

フェルマータ泉に溶けて夜想曲
幾何学に伸ぶ路線図やソーダ水
論文の書き出しさらば天道虫
油絵の乾かぬ匂ひ髪洗ふ
月曜のトマト腐して外は雨
遺留品置き場ダリヤの無愛想
傘の柄を感じる鎖骨走り梅雨
シンバルのコンマ一秒遅き夏
入梅や死因プラスチックの子亀
ベランダへ燃え尽きぬ星届きけり
夏野に潰されたおにぎりは甘い
街路樹撤去のはりがみへ西日
峰雲を背に楽隊の最後尾
夏至の嘘が誰かの事実なら
六月の鍋冷めぬまま洗ひけり

紗蘭(さらん)
 1998年生まれ。小3より俳句を始める。第4回句集を作ろう!コンテスト最優秀賞。第5回写真俳句コンテスト課題句部門最優秀賞。2014年に第一句集「静止画の街」出版。2017年より豪メルボルン大学にて建築を専攻。



詩に向かう負の言葉
都築まとむ

夏蜜柑爪立てて泣くばかりの夜  岡田朋之
 夏蜜柑には明るく爽やかなイメージを持っていたが、こんな夏蜜柑の夜もあるだろう。「爪立てて」夏蜜柑の強い匂いの中「泣くばかりの夜」。泣くだけ泣いたら、すっきりするかもしれない。さぁ夏蜜柑を食べよう。

桜の実汚した鎖骨がえぐれてる  岡田朋之
 「汚した鎖骨がえぐれてる」このフレーズに惹かれる。鎖骨の下は確かに窪みはあるが、ここで気になるのは「汚した」という言葉。体験したことのない事を示された時にその不思議が「詩」になるのではないか。桜の実の色が一気に毒々しいものに思えてきた。

油絵の乾かぬ匂ひ髪洗ふ  紗蘭
 油絵のあのてらてら光る感じを「乾かぬ匂ひ」と言い留めたところが巧い。洗った髪は乾きながら仄かに匂い、油絵は乾かぬ光となりながら、ペインティングオイルの匂いを放ち続ける。

シンバルのコンマ一秒遅き夏  紗蘭
 「シンバルのコンマ一秒遅き」のあとの「夏」が、きらきらした余韻のようで綺麗。「遅き」に苛立ちを感じながらも、シンバルの響きは夏のように終わらない。

都築まとむ
 1961年愛媛県八幡浜市生まれ。第3回選評大賞優秀賞。


ぎこちなさと夜の匂い
樫の木

 岡田さんの作品は定型のリズムを崩した句が多く、初春から仲夏までの季語が季節の順番の通りではなしに配置されている。また、季語とそれ以外のフレーズとの間に行き違いがある。そしてそれら全ての要素が作品としての「ぎこちなさ」を意図的に生み出しているように思う。

桜の実汚した鎖骨がえぐれてる  岡田朋之
 掲句は上五で切れるが、「鎖骨」を「汚した」のは赤黒い(乾いた血の色の)「桜の実」で、その汚れに触れたときに「鎖骨」が「えぐれてる」ことを意識したのだと読みたい。それも自分の「鎖骨」をではなく他人の「鎖骨」をである。男女だとすれば官能的な場面となる。

 紗蘭さんの作品は連載初回にも指摘があったように名詞で終わる句が多く、このことが作品に若干の硬さを与えていて、タイトルから受ける柔らかな印象とずれるように思う。

油絵の乾かぬ匂ひ髪洗ふ  紗蘭
 窓の締め切られたアトリエは「油絵」のテレピン油の「乾かぬ匂ひ」に満ちている。そして、その「匂ひ」はモデルをつとめた女性にも染み付いている。「髪洗ふ」という行為は一日の汗や汚れ、「油絵の匂ひ」とともにモデルという役割をも洗い流す。そして髪を洗ったあとで画家とくつろぐサロンには「夜想曲」が流れているのだろう。

樫の木
 1965年愛媛県生まれ。大分県在住の家具職人。第5回選評大賞優秀賞。第10回選評大賞最優秀賞。


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Mountain Cabin Dispatch


ナサニエル ローゼン(訳 朗善)
山梨で暮らす世界的チェリスト ナサニエル ローゼンのHAIKUとエッセイ


No.47

Fuji-san in May
Green trees rising into ice
She touches gently

皐月富士緑は氷へと登り

(直訳)
五月の富士山
緑の木々が登りつめた先の氷に
彼女はそっと触れる


 Friends from Korea are visiting and bringing extra happiness into our home. Preparations for the summer's concerts combine with bicycling and swimming.

 韓国の友人達が我が家を訪ね、思いがけない幸福を運んでくれた。この夏のコンサート準備の内には、サイクリングと水泳も含まれている。


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JAZZ俳句ターンテーブル


文 白方雅博(俳号 蛇頭)

第75話
ケニー バレル&ジョン コルトレーン


春昼の倍音紛れるまで眠る  しけ

 出席者18名(内女性8名)に男女1名ずつの欠席投句。第109回JAZZ句会は、ジャズライヴとの同時開催を除けば史上最多の参加者となった。著名ミュージシャンは堤宏文ことマミコンさんお1人という状況が長年続いたが、元プロミュージシャンの南亭骨太さんとサテンドールさん、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの現役ピアニスト猫柳さんや学生ビッグバンド ウーマンのジョニーさんの加入によって「倍音て何!?」などというメンバーの疑問に的確に答え、話を膨らませてくれる環境となってくれた。

絃と管睦言交はす夏木立  蕪榴子

 と同時に、せっかく出席してくれた女性を未熟な艶っぽ話でリリースしてしまうという失態は、罰金制度導入等による切磋琢磨で質の向上が図られ、今回の女性参加率につながった。だがしかし、蕪榴子さんのこの句は人気句であったにも関わらず、女性の選者はいなかった。ルビの用途も含め、この句は今後のJAZZ句会運営の在り方の指標となるだろう。

サックスがギターに渡す青嵐  チャンヒ

 で、メインテーマ盤の1曲目、貨物列車という意味の「フレイト トレイン」は、このレコーディングのピアニストでもあるトミー フラナガンの作曲。演奏はテーマに続き衝撃的なコルトレーン節が登場して熱いアドリブを展開。その騒めきは、そのままケニー バレルのソロに引き継がれる。録音は1958年3月。
 この時期のコルトレーンはマイルス デイヴィスの下を離れ約半年間、セロニアス モンクとの共演で開眼し、再びマイルスのコンボに参加。数々の名セッションに加わっている。そして、約1年後には自身がリーダーの歴史的名盤「ジャイアント ステップス」にその変貌ぶりを記録する。

セッションに火照る指先夏隣  ジョニー

 チャンヒさんとジョニーさんの句は誠にコルトレーンとケニー バレルのプレイスタイルと人生を対比しているようで面白い。短命を圧倒的な個性で嵐のように駆けて行ったトレインと、ジャズギターの歴史を塗り替えるようなスタイリストではないけれど、ブルージーで都会的なプレイで常にモダン ジャズの中核を提示し続けてくれているバレルのセッションの記録が「ケニー バレル&ジョン コルトレーン」なのである。

紫陽花を旋律として月と砂  蛇頭

 バレルの1つの頂点を捉えた名盤が今回のサブテーマ「ケニー バレルの全貌」である。標題のとおりバレルのギタリストとしての才能が凝縮されたアルバム。その構成は、トラディショナル ブルース→フラメンコ→モダン ブルース→クラシック→ボサ ノヴァ→ラテン バラード→民謡→スタンダード、そしてモダン ジャズ。この句の「月と砂」はクラシックとジャズ両分野で活躍したアレック ワイルダーが書いた曲である。これをアルバム制作のもう一人の立役者、ギル エヴァンスがボサ ノヴァ風にアレンジした。


Today's Turntable
『ケニー・バレルとジョン コルトレーン』1958年/prestige
『ケニー バレルの全貌』1964〜65年/verve


「JAZZ俳句ターンテーブル」は、筆者がナビゲーターを務めるFMラヂオバリバリ(今治78.9MHz)の番組「JAZZ BLEND」の毎月第2週に特集します。放送は毎週水曜日の深夜23時〜24時。再放送は月曜日の21時〜22時。

次回のJAZZ句会は、6月25日(日)13時より。テーマは我が国を代表するジャズ ギタリスト増尾好秋です。アルバムは「サリヴァン ストリート」をメインとします。参加希望の方は、本誌の句会カレンダーを参照してください。


このコーナーで紹介した俳句とエッセイ、堤宏文さんの写真とを組み合わせた『JAZZ HAIKU』vol.1〜vol.3(マルコボ.コム)を発売中。


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ラクゴキゴ


第七十五話

文 俳句 らくさぶろう


京の茶漬け  
 つい口癖が出るとエライことに

 京都では客が帰りかけると、「時分ですからお茶漬けでも」と言われるが、これは愛想言葉で、本当に出す気では言っていない。聞いた方も「いえいえ、お言葉だけでよばれたのも同じですわ。」と返す決まりになっている。
 毎回このやりとりをするのがムカツくという男、いっぺん本当に茶漬けを出してもらおうとわざわざ京まで出かけて行った。
 いつも行く家を訪ねると、主人はおらず、上がらせてもらうことに。
「お宅の旦那さんが以前家に来られた時に、明石のええ鯛があったんで刺身にして食べてもらいましたんや。酒も二人で一升空けてしまいましてなあ。『帰る』と言われたときに、無理に引きとめて、飯の上に鯛をのせて食べてもろたら『うまい』と。ありあわせのもんでしたのにな……」
 こんな話をしても、いっこうに茶漬けの話が出ない。「今何時ごろでっしゃろな?」と尋ねると「ちょうど昼時です」とは答えるが、あの一言が出ない。
「どこかこの辺りで食べるとこおまへんやろなあ」
「あいにくこの辺りは何もないので……」
 ねばっても茶漬けは出そうにないので男もアホらしくなり、「ではもう帰りますのんで、ご主人によろしくお伝え下さい。」
 おかみさんもここまで辛抱してきたから言わなければよかったのについつい口癖で「そうどすか、何もおまへんけど時分ですからお茶漬けでも」と言ってしまった。
 男はしめた!と思い「そうですか」と座り直したから大変、おかみさんはあまり残ってないおはちのご飯をこそぐように落として全部茶碗に入れて茶漬けとして差し出した。
 男、あっというまに平らげてしまい、もう一杯欲しいと思ってなんとかこっちを向かそうとするがおかみさんは向こうを向いたまま。
「ええ茶碗ですなあ。買うて帰ろうと思いますんで、どこに売ってるか教えてもらえまへんやろか。」と空の茶碗をおかみさんの目の前に差し出すと、おかみさん、空のおはちを突きだして、
「これと一緒に、そこの荒物屋で……。」


 古典落語が作られた時代は、毎食白飯が食べられていたとは思えません。普通の日々は麦飯だったのではないでしょうか?
 僕は今52歳。大洲の産まれですが「ちんちまんま」という言葉を覚えています。白飯のことです。「ちんち」というのは「立派」とか「きれいな」「白い」という意味で、「ちんちべべ」は「きれいな服」という使い方をします。
 ですからいつもは麦の入った貧相なご飯を食べているけれど、ハレの日には白米だけの「ちんちまんま」を食べられるという、喜びの言葉だと思います。
 今でこそ、麦飯はヘルシーでよく噛んで食べるとおいしいということで、敢えて麦飯を食べる人もいるようです。南予の郷土料理「鯛めし」や「伊予さつま」は麦飯の方が合いますものね。
 そういえば「貧乏人は麦を食え」と言って問題になったのは、第58〜60代総理大臣の池田勇人でした。
 しかし、本人はこのセリフをそのまま言ったわけではありません。
 衆議院予算委員会で社会党の議員の質問に対し、「所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、所得の多い人は米を食うというような、経済の原則に副った方へもっていきたい」と語ったのです。
 それを新聞がうまく切り取ってあの一言が生まれたわけで、ねつ造とまでは言えないにしろ、答弁の内容とは違う意味になってしまったわけです。
 僕もラジオでしゃべった断片だけを引き出され、全く違った意味で取られたことがあります。怖いなと思いましたが、毒も何も無いしゃべりだと聴いてる方はおもしろくも何ともないと思うので、そこらへんのバランスがムズカシイところ……。

貧乏に貧乏の矜持麦の飯


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クロヌリハイク



目の前に 夜 桜乙女の事件帖(愛媛新聞より)

ナス出荷巡り独禁法違反(愛媛新聞より)

高校 生 ナマズを かき揚げ 丼に(2017年5月10日 朝日新聞より)


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100年投句計画

選者三名による 雑詠俳句計画




先選者 関悦史

 ふだん家に人を上げる機会はほぼないのですが、再来週あたり来客が続くことになって、居間を埋め尽くしている句集や雑誌の山をどうにかしなければならなくなりました。一人暮らしだと誰にも文句を言われないので、だらだら整理せずにいると、あっという間に自分が座る場所すらなくなる。句集を出すのが大変なのはよくわかっているのでなかなか処分できないし、引き取ってくれる先もあまりない。他の人はどうしているんでしょう。




卒業や真白き朝の目玉焼き  桂奈
 「真白き」は「朝」と「目玉焼き」のどちらにも文法的にはかかり得ますが、直接繋がっている「朝」と取った方が卒業の日の感慨や緊張感が際立つでしょう。その中でどうということもないいつも通りの朝食の目玉焼きも、この日ばかりは違う見え方をし、晴れ晴れしい。物としては朝の光の中の目玉焼きしか描いていないのに、それゆえにかえって心情が説明的でなく、ダイレクトな体感、空気感として伝わってくる点が見事。




薬缶のもやもや春愁のざわざわ  波野
 仕掛けを露呈させてしまっている作りで、心情の比喩に終始するかと思いきや、「薬缶のもやもや」はそれとして独立し、「春愁」もそれに異化され続けて物のようになる。その循環に自分の感情の他者性が現れる。

スカイプで一日を終ふ朧月  出楽久眞
 スカイプは無料通話なので、相手も暇があった場合、長電話になりがちなのでしょう。材料としてはどうでもいいような話ですが、「朧月」で充実感と虚しさと疲れがそっくり外在化されて浄化されつつある快感あり。
亀鳴くや草間彌生の大かぼちゃ  てん点
 草間彌生の派手なかぼちゃ型オブジェの句は時々出てきてあまり採れずにいたのですが、これは大かぼちゃの生命感が空想的季語の「亀鳴く」と照らし合い、両方がリフレッシュされた格好。俗悪な極楽のような愉しさ。

落花しんしんしんあをみゐる地球  緑の手
 「しんしんしん」の反復部分は別の処理の仕方もある気はしますが、目の前の「落花」から、スケールの違う「地球」の青むさままでの飛躍が、空気に触るような触覚性でもって繋げられているのが心地よい。

天丼の海老のはみ出す黄沙かな  鯉城
 型がきっちり決まったお手本のような「かな」止めの句。「天丼の海老のはみ出す」から何の関係もない「黄沙」へ切れて飛ぶ快さと、「はみ出す」と「黄沙」の濁りや乱調の絡み合いから出る味わい深さ。




文字通り文字の書けるや土筆んぼ  芳香
母よ母よ空へ語るような桜  24516
蝌蚪生れてまだ透けている鼓動かな  風さら紗
孫といふ王に仕ふる日永かな  葉音
花の雲水路に沿って発達す  小市
ごつごつの老母のせなか紫木蓮  てん点
飛花の来し句帳そのまま閉じにけり  樫の木
手探りで灯す電灯放哉忌  妹のりこ
鳥一声光の中をさくら散る  哲白
ところどころ空を透かせて大桜  遊人

関悦史(せき えつし)
 1969年茨城県生。「豈」同人。第1回芝不器男俳句新人賞城戸朱理奨励賞。第11回俳句界評論賞。2011年第一句集『六十億本の回転する曲がつた棒』刊行。翌年、第3回田中裕明賞。共著『新撰21』『超新撰21』『俳コレ』(以上、邑書林)、『虚子に学ぶ俳句365日』『子規に学ぶ俳句365日』(以上、草思社)他。



先選者 阪西敦子

 引っ越しました。今月から東京の西側の人です。
 異動しました。昨日からハマにいます。ランチタイムは海が見えます。




卒業や真白き朝の目玉焼き  桂奈
 朝の視界にその姿をくっきりと現す目玉焼きの白の円、あるいは楕円。読むものそれぞれに思う形があるに違いない。透明感のある白は、朝の光をうけて、室内であっても、より一層ふくよかである。特別な食事というわけではなく、いつもと変わらぬ献立なのだろう。そのルーティンの中に、ふと捉えられた白さにこそ、卒業の感慨が宿るのかもしれない。卒業する者の思いでもあり、目玉焼きを作って毎朝を送り出してきた者の思いでもある。




土やさし春筍掘られたる後の  笑松
 春の収穫の中でも、もっとも喜ばしい春筍。一帯を掘り起こして、 ある限りを持って帰る。ひとびとはすぐにそれを茹でているのかもしれない、刺身で食べるのかもしれない。句は役目を果たした土の安堵の姿を見届ける。

春愁やえくぼの影のくっきりと  小市
 季題としても、事象としても、実態の捉えにくい「春愁」。その捉えにくさが、春愁ともいえる。春愁にあっても笑顔を見せることがある。いつにも増してくっきりとしたえくぼは、すんなりとは笑えていないようであって、なにか痛ましい。

手に飛花のふれて残れる水雫  樫の木
 今年は桜が長かった。だけれども、やはり散り始めたらそれは一斉で、とどめることもできない。なんとか拾おうとした手には触れたのか、触れていないのか。ふと一片の近づいたあたりに、雫が残された。やはり、触れていたのだ。桜は咲いていたのだ。

天丼の海老のはみ出す黄沙かな  鯉城
 天丼の海老がはみ出しているとうれしい。うれしいが食べるのはことだ。自分が荒くれになったような、しかし非常に繊細な作業をしているような。巷は黄砂である。揚がった海老に積もらぬうちに、積もった黄砂に落とさぬように。というわけでもないだろうけれど

蕊立てて雨に打たるる落椿  哲白
 落ちてなお生き生きとした色と形をそなえる椿。その落ち様がさまざまに愛でられる。雨が降っているけれど、ほかの景色が色を失ってもその存在感は減ることがない。もう生の世界にいないからかもしれない。しかし、その蘂はまだ空を指している。




蝌蚪生れてまだ透けている鼓動かな  風さら紗
喪の家へげんげ田通り訪ねゆく  のり茶づけ
夏隣キーマカレーと旅の本  ぴいす
目も鼻も満腹越えし苺狩  青柘榴
目借時歌を奏でる炊飯器  彩楓
飛び入りの居酒屋満席春の雨  明日嘉
手探りで灯す電灯放哉忌  妹のりこ
湯通しの若布ふあんと伸びをして  あおい
孫といふ不思議なるもの葱坊主  鯉城
洞窟の壁画の記憶花のころ  風海桐

阪西敦子(さかにし あつこ)
 1977年神奈川生まれ。1985年より作句、および『ホトトギス』生徒児童の部へ投句、2008年より同人。「円虹」所属。 2010年、第21回日本伝統俳句協会新人賞受賞。共著に『ホトトギスの俳人101』『俳コレ』など。



後選者 桜井教人

 私は読書に関してはミーハーである。直木賞と本屋大賞をW受賞した「蜜蜂と遠雷」を読んだ。ネタバレになるが、終始ピアノコンテストの話だ。作者は演奏されるピアノ曲を文字にして読者に伝えようとしているのだが、単なる鑑賞文ではない。文字を読んだ読み手が音楽として変換できるよう表現しているのだ。その証拠に読み進めていると、とにかくその曲を聴いてみたくなる。作品に出てくる全曲集のCDが近々発売されるらしい。CDを聴きながらもう一度読みたい。


特選

沈丁や二度目の家庭裁判所  凡鑽
 季節は移り変わっても再び同じ季節が巡って来る。人の心はどうだろうか。再び戻らない心に決着をつけるために、裁判所の門をくぐらなければならない時がある。作者を迎える沈丁花の香、来年は異なる場所で楽しむよう祈っている。

やまももに賢治を思ふ風が鳴る  レモングラス
 作者の意図と異なるかもしれないが「思ふ」を連体形として読んだ。鳴るように吹き降ろしてくる風、その風は賢治を思っている風なのだという措辞はとても素敵だ。やまももの表記も賢治にふさわしい。この読みだと上五は「や」で切る方がよいかもしれない。

散る前のさくらの蕊のあかさ哉  喜多輝女
 「あかさ」から「明さ」を想像した。散る前にひときわ明るくなり、けれんみなく散る桜蘂への賛歌だ。桜蘂が降る直前を読むというチャレンジ的姿勢もよい。語順もよく考えられ、「あかさ」へのフォーカスが見事。


並選

庭の隅紅の花あり春夕焼け  ぺぷちど
青葉騒なんだおまへか暗がりか  くらげを
栞にも春を取り込む日記帳  しのたん
花冷や遅延電車へ息の群れ  24516
胸骨に桜のゑだが今生えて  dolce@地味ーず
風食べてあんなに泳ぐ鯉のぼり  風さら紗
赤ん坊の青き瞳へ花蜜柑  たあさん
月おぼろやさしい男は売り切れです  藍人
橋脚を海霧にあずけて鎮かなる  小雪
朝練習ストーブしまう時期うれし  富士山
清明の茶葉ゆうたりとジャンピング  柝の音
真白なる散華のごとく牡丹咲く  ひさの
揺れ交わすビニール傘と花菖蒲  暮井戸
背後よりマッハでかわす飛燕かな  おせろ
チャイム待ち階段ころげる単衣かな  み藻砂
達筆の書簡一通フリージア  出楽久眞
花の舞う道をゆっくり霊柩車  和音
若鮎の影を持たざる速さかな  もね
疎だったり密だったりし卒業子  桂奈
退院の荷はほどかずに花の雨  うに子
報われぬことのなき役告天子  かのん
家じゅうの鍵は七つよ春の果て  幸
桜餅吾が走るのは君がため  柊月子
借景にラブホありけり花の雨  松田夜市
酣の春や蘇州夜曲の耳弄る  南亭骨太
母さんが迷子になった風車  のり茶づけ
パソコンの前で居眠りシクラメン  ヤッチー
猫の子の甘噛み鈴の音のころころ  一走人
ウインドウの花嫁衣裳夏つばめ  ゆりかもめ
心くもる日歩き続けた春の野を  さより
荒研ぎの砥石を芒種めく十指  海田
東雲の落花ざんざとひかりけり  緑の手
弔いの客引き留めず缶ビール  久我恒子
紋白蝶旅行かばんのあとさきへ  誉茂子
こいこいに興ずる車夫や揚雲雀  ぐずみ
じゃれあったビニルプールのあにおとと  台所のキフジン
挨拶のロボット停まる春の暮  内藤羊皐
情熱のゆゑに真白き躑躅かな  ひでやん
部活動後輩二人蜆汁  まこち
待ち人の靴音シャガの花背伸び  青柘榴
鬼女になる君も良きかな夕桜  松尾千波矢
みずからと向き合う処春の闇  アンリルカ
春光の一粒になり鳥の背へ  西原みどり
新品の空手着と帯雲の峰  あるきしちはる
花別ける春の催しお開きに  桃林
菜の花の次はらららのY字路  マカロン星人
堀端をかける子供や柳の芽  人日子
B型で蠍座なれど水見舞  未貫
聞き惚れる経読み鳥の鳴き交わす  カシオペア
躊躇なく削除の「はい」を押す立夏  風海桐
葉桜の可愛いや傘に付いてきて  みちこ
天上のひかりに染まりて花降り止まず  まんぷく
園児らと古木をなでる花万朶  えつの
ハグされてハグしてあげて春の風  エノコロちゃん
御詠歌の長く静かに島遍路  ミセスコナン
鈴蘭や群衆なれど我は我  童夢U世
満開の桜に包囲されてゐる  遊人

桜井教人(さくらい きょうと)
 1958年愛媛県生まれ。愛媛県公立小学校教員。いつき組。子規顕彰松山市小中高校生俳句大会選者。第2回大人のための句集コンテスト優秀賞。第24回、29回俳壇賞候補。


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100年投句計画

へたうま仙人



 風薫った五月が去ったと思ったらもう梅雨ぢゃ。すでに入梅の地方もあるが、梅雨も地球のために無くてはならん気象ぢゃ。梅雨は梅雨で楽しむのが粋というもんぢゃ。今月も、梅雨空を吹き飛ばす句から黴を呼び込む句まで、いい加減揃ったぞ。前頭葉に梅雨晴間を思い浮かべながら読み進んでいただけたら嬉しいぞ。


炎帝の園庭に盛る堰堤を  佐東亜阿介
晴れ渡り雲一つなき夏の空  佐東亜阿介
 かなり大きな園庭ぢゃのう。心までも広々とするぞ。炎帝の下での作業は熱中症に要注意ぢゃ。ワシはこの前まで「熱中症」は、良からぬものへ熱中しすぎる病気の事ぢゃとばかり思っておったが、どうも違うようだと最近気が付いておるぞ。とにかく、堰堤を盛ることばかりに熱中していたらいかんという事ぢゃ。雲一つ無い夏の空というのは珍しいのう。なかなかお目にかかれんぞ。そんな空ばかり続いたら雲の峰の立場が無くなるから反対ぢゃ。とにかく夏は、正調もくもく空ぢゃないといけん。

森の国ベランダに来た春の鳥  真歩
 愛媛県松野町には「森の国ホテル」という別天地があるが、そこで見るものは、人を襲う小生意気な山猿にしても、糞をまき散らすシカにしても、全て別の生き物として神々しく脳が識別するから不思議ぢゃ。それが春の鳥ともなればそれはもう大変ぢゃ。脳はパニックぢゃ。略して脳パニぢゃ。そのままぢゃ。とにかく、自然というものに騙されてはイカンぞ。自然は結構えげつないぞ。

おしりぶつスパルタ教師のしゃぼん玉  KIYOAKI FILM
まんまると太った僕は安ブロッコリ  KIYOAKI FILM
 おしりに当たったしゃぼん玉でさえ、スパルタ教師が吹いたものだとわかるとぶたれたように感じるかも知れんのう。愛の鞭と言えば聞こえはよいが、ただ単なる愛の無知なのかもしれんのう。しゃぼん玉が切ないぞ。ブロッコリに高級品があるとはあまり聞かんが、ブロッコリは安くてもうまいのう。手早く料理もでき、その上栄養たっぷりで、そのまんまるもこもこの容姿も愛嬌があって、とにかくすごい奴ぢゃのう。みんなに愛されるブロッコリ万歳ぢゃ。

単純にして複雑なチューリップ  小木さん
春愁やフォークシンガー加川良  小木さん
 単純そうで複雑な人と、複雑そうで単純な人とはどっちがおもしろいかのう。チューリップはなるほどこの句のとおりぢゃのう。生命の造形の不思議にはそれを表すことばが見当たらんが、その単純な複雑さに誰もが惹かれるんぢゃろうな。加川良さんに限らず、誰もそれなりの歳になり体調を悪くしたりして大変ぢゃが、なあに、夏になったから春愁は過去ぢゃ。夏の次は秋だ、どうしようなんて考えたらキリが無い。京都の下宿屋で教訓Tで小指ちゃんぢゃ。

亡母植えたラナンキュラス咲いて春  どんぐりばば
鳥たちや桜に集まり密吸いて  どんぐりばば
 人それぞれに心の花があり、その花を見るとぐぐっと胸に来るものがあるのう。球根ものは毎年咲いてはくれるが、ある程度の時が過ぎるまでは、その花が咲くたび色々思い出し辛くなるのう。ぢゃが、思い出すとこが供養だと思って偲んでくだされ。桜の蜜というのはあまり馴染が無いが、蜜ではなく「密」を吸うというのが良いのう。何か桜の秘密を吸っているようでウフフぢゃ。桜も秘密を持ったままで散って行くのはちと辛いかも知れんので、鳥たちに吸ってもらって少しは身軽になるというもんぢゃ。

すきなものいっぱい食べろ四月馬鹿  柊つばき
今日生きる又今日生きる花いかだ  柊つばき
 そうぢゃ。四月馬鹿ぢゃろうがなんぢゃろうが、好きなものをいっぱい食ったほうが得ぢゃ。食物は食われるためにあるのぢゃ。「頂きます」と言っておいしく食らおうぞ。今日を生きんと明日は来んのう。「又明日生きる」では無く「又今日生きる」としたところが深いぞ。花いかだのように深いところも浅いところもすーいすーいと流れて行こうな。

葱坊主立ちて人生やりなおし  ちろりん
グルジアがジョージアとなりサイネリア  ちろりん
 誰もかれも人生のやり直しは出来んが「さあやりなおし、やりなおし」はいつでも出来るような気がするぞ。一本に一つ付いている葱坊主をつんつんしてやりなおしが出来たら、それはそれで区切りがついて幸せというもんぢゃ。知らん間にグルジアはジョージアになっとったのう。しかし、国名変更を法律で制定すると言う決まりにはちょっと驚いたぞ。夫婦別性はまだまだ難しそうぢゃが、国名はいとも簡単に変えられるもんぢゃのう。サイネリアが咲いねりあ。

八重よ咲けソメイヨシノは見飽きたり  藍植生
我が色は生まれし伊予の山桜  藍植生
 吉野ソメイさんにはちょっと飽きてきたので八重さん、そろそろ咲いてよ。という気持ちは痛いほどわかるぞ。世の中の全ての八重さんへのすばらしいご挨拶句ぢゃ。こつこつ生きて、八重桜のようにほっこらとした花を咲かせたいのう。おう、これも伊予の国への嬉しい挨拶句ぢゃ。遠く離れれば離れるほど、生国のありがたさや尊さがわかってくるのう。故郷の山桜は、今年も奥ゆかしく目いっぱい咲いたぞ。

一駅を歩くみちくさ草若葉  坊太郎
竜伝説の淵の暗きへ花零る  坊太郎
 究極のみちくさぢゃのう。なんという贅沢ぢゃ。急ぐときは急いで、のんびりの時はのんびりだらだらとするのが心の余裕というもんぢゃ。ここに貯金があれば言うことないが、なあに草若葉だけで今日のところは十分ぢゃ。淵は怖いのう。ワシは淵の十メートル以内には近づいた事がないが、世の中が淵だらけぢゃったらと想像するだけで腰砕けぢゃ。そんな所へ零れる花は自分の意志で零れるんぢゃろうな。潔い花の覚悟を見たようぢゃ。

仲見世やどれも薄暑の佇まひ  みやこまる
警笛や単線のホームに薄暑  みやこまる
 「どれも」と曖昧にした効果が季語とどう絡んでくるかがポイントぢゃ。「仲見世や」で通りの映像が良く伝わり「佇まひ」で読者に雰囲気を委ねて知らん顔をしているところがにくい演出ぢゃ。「警笛や」をどのように読み解くかで句の表情が変わってくるぞ。「薄暑」ぢゃから、それほど危険な状況でないことはわかる。が、どことなく不安になってくるのう。こんなざらざらした句は良いのう。おっとうっかり蟻地獄へ落ちるところぢゃった。こんな警笛を鳴らしても素知らぬ顔の句は、地元の人もいつ出来たか知らない仲見世のあの店へ、閉店間際に追放!!

今日咲こう咲こうと花の身悶える  元旦
沈黙の桜一気に姦しく  元旦
 比喩はなかなか難しいが、痛快な句ぢゃのう。経験上、花は咲かない理由が無くなった時に咲くが、その境界線上ではみんな身悶えていると考えたら、気の毒で健気で愉快ぢゃ。一気に咲き満ちる桜の淫靡で不気味で恐ろしい様を「姦しい」とは愉快だね♪(byかしまし娘)。沈黙の後の一瞬置いての一気ほど姦しいものは無いのう。納得ぢゃ。おっと、平静に納得ばかりしてはおれんぞ。花を違った角度で見たこんな句は、身悶える花を想像して思わず身悶えてしまう健全で淫らなあの辺りへ、予行練習無しで追放!!

 やや、気が付けば今月も追放者を出してしもうたが、ワシの顔に免じて許してやろう。信じる者はスクワットぢゃ。
 ぢゃが、くれぐれも油断召されるなよ。

へたうま仙人 
年齢 卑弥呼がおっぱいを飲んでいた頃、ワシは青春真っ只中ぢゃった。
好きなもの 霞のシャーベット(PM2.5抜き) 嫌いなもの 上手な俳句
将来の夢 大器晩成


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100年投句計画

自由律俳句計画



 お知らせ。諸般の事情で中断していた自由律俳句「放哉賞」を再興させることになりました。主催結社が変わるので新めて「第一回尾崎放哉賞」となります。募集締め切りは12月10日。時間はたっぷりあります。一般の部と高校生の部があります。ぜひご応募ください。
 詳しくは http://www.hosai-seiho.net/




SPの肩にも桜ひとひら  うに子
 SPは、セキュリティ ポリス。いわゆる要人警護の人だろう。要人のニュース映像などを気をつけて見ておれば、ああこの人……とわかるけど決して目立たない、しかし一様に強面の表情をした私服警官なのである。そんな黒子的な人の肩に、桜の花びらを一片落とさせたことで美しい映像化に成功している。決して表に現れてはいけない人と、春を象徴する桜の花びらの対比がみごとです。饒舌になりすぎていないところが、尚更映像の余韻を膨らませています。




菜の花の真中にダリの椅子  藍人
 シュルレアリスムの鬼才、あのダリの描く椅子といえばおそらく、ぐにゃりと曲がって溶けていきそうな……そんな椅子だろうか。時間も空間も超越したような菜の花畑……不思議な俳句世界を作り出しています。

毛虫つぶした指でいま猫を撫でる  樫の木
 「蟻殺すわれを三人の子に見られぬ(加藤楸邨)」という句に、やや通じるものがあります。
 場合によって生きものを平気で殺す残虐性と同時に慈しむ心を人間は持っているわけで。こういう大きなテーマが、うまくまとめられている。


母一人いて山も川もない故郷  一走人
 定型の類想句は、そこそこあると思う。しかし「母一人いて」という自由律ならではのいきなりの弛緩的措辞が、郷愁を圧倒的に身近で等身大のものにしている。職業も地位もなにもない故郷が、そこにあるようなシズル感があります。

上にも下にもなる蝶  小木さん
 二匹の蝶が戯れながら飛んでいる様が素直に思い浮かぶ。これが「上になったり下になったり」なら単なる説明だろう。「上にも下にもなる」で解釈が大きく広がって、句そのものに深さを与えている。

口少し開けて朧夜吸い込んで  和音
 朧夜を吸い込むと言う発想がおもしろい。それも口少しだけ開けるところがなんだか朧夜にふさわしい気がする。吸い込めば、いったいどんな味わいなのだろうか。作者のみぞ知るということか……。




ものの芽のどこか痒いところはないですか  凡鑚
嘘にやさしさ求めて四月馬鹿  出楽久眞
山笑わせる絵を描いている  もね
犬の目の不平たらたら  南亭骨太
「やだやだ」が口癖になっちまった私の春  さより
身に覚えのない青芝の寝ぐせ  みやこまる
こころに小さい骨が引っかかっている  誉茂子
みんなひとつになれぬ笑いヨガ  マカロン星人
花筏を壊わす鯉の頭突き  坊太郎
書き出せばいつも左下がりで山笑う  エノコロちゃん


並選

犯人は炎帝まだ近くにいる  佐東亜阿介
オレンジのマフラー巻いて海むかう  ぺぷちど
遠ざかつていたのか春  くらげを
この山越さば花に会へる  藍植生
手鏡の白髪二本春の雨  芳香
手の平の桜よ父よ  KIYOAKI FILM
麦畑モザイク模様に続く古里  レモングラス
脳内シュレッダーが作動しない  柝の音
孵化はじまっている春雨のなか  多満
大鯛小鯛神輿のように舟は揺れて  暮井戸
春だか夏だか不明の日々  幸
白花たんぽぽにそっとエールを送る  のり茶づけ
桜鯛の鱗爪に着けたら海の中  ヤッチー
葱が冬越え土の中  小市
たけのこの皮むきは子の係  ゆりかもめ
中央分離帯芥子菜の黄のゆれる  喜多輝女
鉄線花ほどの宇宙のたわみ  海田
恋猫にやぶられる夢  緑の手
日射しにでれ付く花菖蒲  ぐずみ
カラカラの音のみ春夜のコインランドリー  元旦
信号の黄はずされていました  台所のキフジン
不在連絡票を凝視める朧月  内藤羊皐
開花宣言の定義に異論春の雨  青柘榴
パントマイムのピエロへ花吹雪  彩楓
花嫁の舟へ葉柳へ風  恋衣
啄木忌野良にかざす手巌鷲山  あおい
渡り漁夫地酒提げ集ふ  人日子
春深く今日の占ひ当たる  ちろりん
まひるなか眼下の四国花はなはな  鯉城
鵯の餌一人締め悪き奴  カシオペア
奪われており身も魂も知も花吹雪  まんぷく
愛犬の舌に飛花  ミセスコナン


自由律で再挑戦を!

一人飯包丁かるき春菜かな  み藻砂
花冷えや将棋と俳句冷戦中  み藻砂

きむらけんじ 1948年生まれ。第一回放哉賞他。自由律俳句結社「青穂」同人。句集『圧倒的自由律 地平線まで三日半』(象の森書房)、写俳エッセイ『きょうも世間はややこしい』(象の森書房)、句集『昼寝の猫を足でつつく』(牧歌舎)、『鳩を蹴る』(プラネットジアース)他。特技 妄想、泥酔。


「放哉賞」再興。自由律を動かせ!
第一回尾崎放哉賞 作品募集

応募締切 2017年12月10日(日)必着
投句料
 一般の部 2千円(2句1組、何組でも可)
 高校生の部 無料(2句1組まで)

 一般の部 大賞 賞状、10万円 ほか
 高校生の部 最優秀賞 賞状、クオカード5千円分 ほか
送り先
 〒545−0041
 大阪府大阪市阿倍野区共立通1−1−9
 (株)たまてばこ内 尾崎放哉賞事務局
主催 自由律俳句結社「青穂(せいほ)」
詳細は
http://www.hosai-seiho.net/


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100年俳句計画

詰め俳句計画



次の(  )の中に共通する夏の季語を入れてください。

(  )の橋(  )の風愉し
(  )の人形押せば人の声


七夕の橋七夕の風愉し
七夕の人形押せば人の声
 河原撫子さん。間違えやすいのですが七夕はなんと秋の季語。よって級外。KIYOAKI FILMさんの七夕月も同様で級外。

ハンカチの橋ハンカチの風愉し
ハンカチの人形押せば人の声
 24516さん。前句ハンカチの橋? ハンカチの風? 残念ながら意味不明。後句はハンカチの中にある人形? 7級。ひさのさん、小市さんの五月は音数が足らずリズムが悪い。同じく7級。ちろりんさんは空蝉。前句は成立しているが、後句の空蝉の人形ってなんか気持ち悪い。6級。矢野リンドさんはかはせみ。前句気持ちがいい。が後句、かはせみの人形って何だろう。あるいはかはせみが押すということなのか? 5級。台所のキフジンさんの実桜も同様。同じく5級。明惟久里さんの絵幟も後句の「押す」という行為が分からない。同じく5級。レモングラスさんは形代。これは夏越の傍題で人形や人の形などに切り抜いた紙などを言い、神社に納めたり川に流したりして穢れを払うのに使う。前句、形代の橋という言い方に難はあるが雰囲気は出ている。後句不気味だが、それがいい味。4級。玉城重子さんは幽霊。前句の「愉し」の着地に驚き。後句「幽霊の人形」には無理がある。同じく4級。葉音さんは夜涼み。前句はいい情景だが、後句、人形が夜涼み? 夜涼みに行くのに人形を持って出る? 同じく4級。くらげをさん、坊太郎さんは素裸。後句は面白い。前句、裸族? 法に触れないようにお楽しみください。3級。童夢U世さんは花茣蓙。前句は橋の上に茣蓙を敷いて涼んでいる景が見える。後句はこどものままごと遊びだろうか。2級。緑の手さんはおこし絵。歌舞伎の名場面などを立体的に組み立てる切抜絵で、これを蝋燭や豆電球で照らして芝居を観るように楽しむかつての夏の風物詩であったそうな。前句、現実とミニチュアの世界が「風」によって繋がる。後句「人形」という言い方にやや無理がある。同じく2級。

どんたくの橋どんたくの風愉し
どんたくの人形押せば人の声
 ほろよいさん。前句、祭の熱気から少し抜け出た風の爽やかさ。後句、なぜその人形を「押す」のかよくわからない。4級。小木さん、久我恒子さんはメーデー。前句「愉し」というような行事かやや疑問。後句「メーデーの人形」って何?と思うが人形にシュプレヒコールさせているかのような面白さがある。同じく4級。藍人さん、鈴木牛後さんは母の日。前句、母の日の繰り返しが生きているかは微妙。後句はこの季語と人形の取り合わせは意味深で想像が膨らむ。3級。桂奈さん、でるたさんは巴里祭。ゆりかもめさん、あるきしちはるさんはパリ祭。前句は味わいがある。後句もフランス人形のイメージがあって良いが上五「や」でしっかり切りたい気がする。2級。

初夏の橋初夏の風愉し
初夏の人形押せば人の声
 樫の木さん、松尾千波矢さん、妹のりこさん。前句いかにも気持ちいい。後句のフレーズは少し気持ち悪いところに味があるのでこの季語は爽やかすぎるか。2級。笑松さんの梅雨明も同様で同じく2級。芳香さんは夕涼。前句、いかにも涼やかでいいが、季語と「風」がやや近いか。後句は薄暗い時間帯がフレーズと合っている。同じく2級。喜多輝女さん、内藤羊皐さんは夕焼。前句「夕焼けの風」が詩的で新しい表現だと思ったが、「愉し」となるとちょっと目まぐるしいか。後句、夕焼けの美しいだけでなく空恐ろしいような一面も浮かび上がる。1級。のり茶づけさん、彩楓さん、恋衣さんは水無月。この季語のさらりとした響きが前句に合っている。後句、この季語の酷暑イメージとフレーズが合うかもしれない。同じく1級。小川めぐるさん、dolce@地味ーずさん、海田さん、ひでやんさんは短夜。前句、短いからこそ夜を惜しんで「愉し」んでいる風情がある。後句も「短」の字がフレーズのやや屈折した雰囲気と合う気がする。同じく1級。ジュミーさん、たあさん、れんげ畑さん、遊人さんは夏の夜。シェークスピアの「夏の夜の夢」のイメージもあり、前後句とも深い味わい。同じく1級。ヤッチーさんは夏陰。前句、実感が強い。後句も「陰」の一字がフレーズと合う。同じく1級。エノコロちゃんは小満。特に後句、この時候の季語の横溢するような生命力が人形にも漲っているように感じられて好き。前句も良いのだが、密度の濃い季語なので繰り返すのは少ししつこい気もして有段にはせず。同じく1級。

梅雨晴の橋梅雨晴の風愉し
梅雨晴の人形押せば人の声
 佐東亜阿介さん。前句は貴重な晴れの気持ちよさが良く出ている。後句、晴れたけれどもまだ梅雨は続いているという爽やか過ぎないところがフレーズと合うと思った。初段。人日子さんは山荘。前句、リッチでいいですねえ。後句は横溝正史の小説みたいで怖い。同じく初段。片野瑞木さんは緑陰。特に後句、濃い緑には人を狂わせるような恐ろしさがあると思った。二段。藍植生さん、幸さん、一走人さん、みやこまるさん、誉茂子さん、元旦さん、青柘榴さん、マカロン星人さんは箱庭。前句、箱庭に風を感じる感覚がいい。後句、季語からは少し離れるが心理療法の箱庭のようなイメージもあり、人形がしゃべりだすような恐ろしさがあった。二段。


今月の正解

六月の橋六月の風愉し
六月の人形押せば人の声
 出楽久眞さん、うに子さん、あいむ李景さん。前句は「六月を綺麗な風の吹くことよ(正岡子規)」と「一月の川一月の谷の中(飯田龍太)」を踏まえたオマージュ。後句は六月のちょっと空恐ろしいような一面をよく捉えていると思うがどうか。二段。


次の(  )の中に共通する夏または秋の季語を入れてください。

惑星の水をたつぷり(  )かな
(  )売らる道蛇行してまた売らる

※6月20日締切 …結果は8月号に掲載


マイマイ
2003年11月頃よりラジオに投句を始める。割と生活派俳人だったが、最近は?? 第1回、第4回百年俳句賞(旧大人コン)優秀賞受賞。2013年句集シングル『翼竜系統樹』上梓。将棋推定初段。棋友募集中。宇宙と生命を題材に詠んだ句集『宇宙開闢以降』マルコボオンラインショップにて発売中。


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100年投句計画 投句方法



雑詠俳句計画 または へたうま仙人
自由律俳句計画
詰め俳句計画

 「雑詠俳句計画」と「へたうま仙人」は、どちらか片方にのみ投句できます。なお「雑詠俳句計画」では、寄せられた投句を一括して、各選者が選句します。各選者に宛てて個別の投句を行うものではありません。


7月号掲載分締切 6月20日(火)

投句方法

 投句先コーナー名
 俳号(無ければ本名の名前のみ)
 本名
 電話番号
 住所

 以上の必要事項を書き添えて、編集室「100年投句計画」係までお寄せください。メールの場合は、件名を「100年投句計画」としてください。
 各コーナーそれぞれ2句まで投句できます。また、「詰め俳句計画」は季語1つのみを投稿できます。
 各コーナーの投句は、ひとつにまとめて送っていただいても構いません。

メール宛先
magazine@marukobo.com

投稿専用ページ
http://marukobo.com/toukou/

※ハガキ FAXの宛先は本誌の裏表紙を参照してください。

さらに多くの投句をしたい方へ
 松山市が運営する『俳句ポスト365』など、無制限に投句を受け付ける場もございます。ぜひご活用下さい。(「俳句ポスト365」のページ参照)


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短歌の窓


選者
「未来短歌会」所属、「遊子」同人
久野はすみ


 兄弟子 渡部光一郎さんのピンチヒッターとしてやってまいりました。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします。 


特選

にゅうと鳴る扉はすでに我が家族淋しきときは何度も鳴らす  久我恒子
 今、淋しいとは言っておらず、「淋しきとき」と言っていることに注目。いくたびも淋しいときをやりすごして人は生きていく。そんなとき、かたわらに寄り添う、家族のような扉…。「にゅう」というオノマトペが小動物のようで愛らしい。淡いユーモアで包まれた淋しさだからこそ、深い余韻を残す。


並選

蠅をとるためにリボンが垂れている俺はどうして生きているのか  暮井戸
 昔はよく目にした蠅取り紙。今の感覚ではグロテスクとも言える物だが、蠅を殺すというしっかりとした役割をもって存在する。作者はその単純で生々しい在りようを目にして、自らの生を問い直す。視点の良さが光る一首。

TOKYOのてっぺん行きのエレベーター上を見ている人しかいない  出楽久眞
 高いところが苦手なので、こんなこともあるのかなと思いつつ読んだ。下の句は暗喩なのだろうか。ほのかに批評性も感じられるが、さらっと詠まれているため理屈にならず、シュールな光景が立ちあがる。

里山の楢の林の若葉風はうら隠れにさ緑の繭  藍植生
 里山の遠景からズームインして、一枚の葉の裏の繭へと焦点を絞っていく、映像的な歌。上の句をリズム良く序詞風に処理しているのも巧いが、下の句はもう少しゆったりと詠いあげたい。


コメント

花の雨あつけらかんと小さき手をひらひら振つて搭乗口へ  だりあ
 「小さき手」とあるので、春休みの帰省を終えて都会へ帰るお孫さんを詠ったものか。幼児はあっけらかんと、むしろうれしそうに手を振っているのだろう。自分の想いを直接言わず、複雑な心情を表した。ただ、一首では手の持ち主が具体的にイメージできないのが惜しい。

駅伝の襷は島の浜風を受けて走者の背を押し繋ぐ  桂奈
 浜風が背を押すのではなく、風を受けた襷が背を押していると捉えた。結句の「押し繋ぐ」は窮屈。一人のランナーを描ききるほうが良い。

リモコンをそっと背中に向けながら「戻る」ボタンを押してみたりする  時計子
 誰の背中に向けたのか。関係性が見えると面白い歌になる。

スタートを待つランナーの餞に、鬼城太鼓の鳴り響くなり  一走人
 固有名詞によって臨場感が見事に表現されている。読点は不要。

白旗を掲げるやうな晴天に明日使うから両手は挙げない  鈴木牛後
 上の句の比喩はとても面白いが、下の句が説明になってしまった。

残雪の連山四方に芝桜朝の光に輝くばかり  風
 力強い詠いぶりが魅力となっている。

カレーパンとテイクアウトのコーヒーを賑わい避けて一人の花見  彩楓
 カレーパンがリアル。上の句で切れているのだろうが、つなげて読むと文法的におかしい。語順を工夫しては。

パステルの曼荼羅アート練り消しで現る光心のままに  マカロン星人
 パステルで描いた色を練り消しゴムで消すことで光が表現できるということか。その発見にポイントを絞りたい。短歌も絵も、そぎ落とすことで核心が見えてくる。


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自作の俳句を英語に訳そう!

百人百様 E-haiku



評 菅 紀子


1.
I like botmms
touch is botmms
force of kid

尻好きな男掴まん馬の子よ  KIYOAKI FILM

I like bottoms
hoping to grab them
a horse born in the spring

紀 「馬の子」とは3,4月頃生まれた馬という意味の季語なので「春生まれの馬」としました。


2.
Spring of park
God of light
oh Thank You!

春の公園イエスの光浴びて立つ  KIYOAKI FILM

a park in spring
I stand in the light of
Jesus Christ

KIYOAKI FILM 英語の発音は地区によって変わるのですか? 基礎英語1を聞いていますが、お勉強で聞くのはつらい所です。遊んで聞きたいです。
胸とか太ももとか、ラジオはそこまで教えてくれないです。英語にも方言があるのですか?

紀 KIYOAKI FILMさん、英語の発音にも地域差があります。方言に似てたとえば米国内でも南部訛りとか。また英国であれば昔の国ごとに、ウェールズ方言、スコットランド方言など地域ごとに全く違います。


3.
in spring field
I exist as hieroglyph

春の野に象形文字のごとく我  片野瑞木

I exist
like a hieroglyph
in the spring field


4.
yellow sand come here
I hear the Beatles
with a noise

霾やノイズまみれのビートルズ  片野瑞木

yellow sand in the air
listening to the Beatles
full of noises


5.
Falcon
swooped down on its prey
as soon as it's eye socket flashed

隼の眼下一閃急降下  たあさん

a falcon
nose dives down to the earth
a flash in its eye


6.
Gently take off the red belt
of the Kimono as 'flower garment'
after the cherry-blossom viewing

花衣丹色の帯をしとど解く  出楽久眞

出楽久眞 こんにちは。「花衣」の英訳が難しいです。先日、夜桜を見に行ってきました。桜は春の嵐にあっという間に散りました。

紀 出楽久眞さん、「花衣」「丹色」「しとど」3語は日本語独自の表現なので正確に伝えようとすると説明が長くなってしまいます。花衣には桜襲(さくらがさね)の衣、はなやかな衣、また花色の衣や花見に着て行く晴れ着、そして桜の花が人に散りかかるのを衣に見立てた語、と意味が4通り。丹色はいわゆる赤土の色、「しとど解く」とするとただ脱ぐだけでなく暗にセクシャルな意味もあるので要注意かも。というわけで訳例は控えます。

7.
Dashing to the top,
steep slope of
cherry blossom petals.

頂上へダッシュ落花の坂の道  ほろよい

dash to the top
up the slope
fallen cherry petals

ほろよい Dush とすると、翻訳ソフトでは「ダッシュしろ」になってしまうので ing にしましたが、分かち書きにした場合、前置詞はどこに付けるのでしょうか? 前の行の後ろ、次の行の前、それとも、前置詞は不要? ……考えても答えはでない……。

紀 ほろよいさん、一気に坂道を駆け上がるんだ、という決意を含むととらえればdash としてよいと思います。前置詞の位置は自分が区切りたいよう自由に決めて結構です。短詩の簡潔性を出すのに前置詞を省略して単語だけを置くのも一つの方法でしょう。Dush は dash ですね。


8.
beautiful and smart
is our teacher-
a Chinese citron

先生は美人聡明夏みかん  久我恒子

紀 美人聡明は我らが先生、と倒置すると強調の効果がありますし、teacherの後にカンマ( , )を加えて一息つくと夏みかんの美人聡明さを際立たせる効果もあるでしょう。良いと思います。


9.
students
are hurrying to the classes
and ants also

授業へと急ぐ学生らも蟻も  久我恒子

students
hurrying up to the classes,
so are ants


10.
Flies were born
They are Aries
same as me

蠅生る私と同じ牡羊座  穂の美

flies emerging
Arien
like me

紀 英訳で陥りやすいパターンです。蠅=牡羊座 ではなく、蠅は(私の星座と同じ)牡羊座に生まれる、と言っています。羽化する は emergeとか hatch 、Arien は白羊宮生まれの人、という単語だそうです。


11.
Skull of a turtle
lying on the wood deck
in the sunlight

日向ぼこ寝そべる亀のされかうべ  穂の美

a turtle
basking in the sun
with its skull weatherbeaten

穂の美 久しぶりに挑戦です。過去に詠んだ句の中から選んで英語にしていますが、自分が何を伝えたかったのかを改めて考えるきっかけになり、面白いです。

紀 穂の美さん、こんにちは。原句にはウッドデッキはないけれど英訳によってそこにご自分が伝えたかったことが可視化されたのかもしれませんね。skull は頭蓋骨、されこうべは weatherbeaten skull だそうです。


12.
there goes cackling girls
who weared yukata
and red bootie boots

けらけらと赤きミュールの浴衣の子  小川めぐる

There goes
cackling girls in red mules
and cotton kimonos

小川めぐる 前回、知らずに1行(ピリオドつき)で書いてしまいました(汗)。ご指導頂き「あっ、なるほど♪」でした、有難うございます! 俳句の直訳ではなく、句意を英語で、ということに留意して送ります。
「ミュール」に該当する英語が分かりませんでしたが…… bootie bootsで大丈夫でしょうか?

紀 小川めぐるさん、そうですね、直訳なら機械翻訳がやってくれますから、私達は句意を汲んで訳しましょう。 「ミュール」はmuleからできたカタカナ語です。〜を履いて、着て、はinという前置詞で表すことができます。動詞wearの活用はwear-wore-wornとなります。


13.
if there is a shape
in a scent of the woman,
summer butterfly

女の匂いに形があれば夏蝶  チャンヒ

were there a shape
for the scent of woman
it's a summer butterfly

紀 実際にはありえない現在のこととして仮定法過去で表現しました。女は不特定なので不定冠詞のaに。


14.
in a murder telephone booth,
moth moth moth moth moth

殺人電話ボックスに蛾蛾蛾蛾蛾  チャンヒ

Inside the telephone booth for murder,
moth moth moth moth and moth

紀 こんどは電話ボックスが殺人用の特定のものなので冠詞をtheに。


15.
Spring is passing
round and triangle toys
made of wood

行く春や丸三角の木のおもちゃ  彩楓

Spring is passing by
round and triangular toys
made of wood

紀 通り過ぎる移動性をby で加え、丸い木、三角形の木、とround, triangularという形容詞がtoysに係るようにします。木でできた、という場合、原材料が見てわかるofが正しい前置詞となります。または

Spring passes,
wooden toys
round and triangular


16.
wind is blue
falling cherry-blossoms
in the morning mirror

風青し朝の鏡に散る桜  彩楓

wind is green
falling cherry blossoms
on the mirror in the morning

wind is blue
falling cherry blossoms
in the mirror at dawn

紀 鏡の中に桜が散ることはできないけれど散る桜が鏡に映ってガラスの中にあるように見えたのでしょうか、それとも花弁が鏡面にはらりと落ちて張り付いたのでしょうか。風の色をblueとは違う語で表すこともできるでしょう。


菅 紀子(かん のりこ)
(有)クラパムコモンカンパニー代表。通 翻訳、メディアによる姉妹都市交流コーディネーター。社名は夏目漱石が下宿したロンドンの地名から。歩道短歌会同人。人文学修士、翻訳修士。松山大学非常勤講師。(Hailstone Haiku Circle blog ICEBOX Contributor)(漱石と彼のライバル重見周吉、日系移民研究)


自作の俳句およびそれを英語俳句にしたもの(2句まで)を募集!

応募先
WEB http://marukobo.com/eigo/
Email eigo@marukobo.com
8月号掲載分締切 6月20日(火)


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百年歳時記


夏井いつき

第48回


 有名俳人の一句を紹介するページは世に数々あれど、「市井の逸品」とも呼べる一句を取り上げ鑑賞する記事はそんなに多くありません。
 百年先に残したい佳句秀句奇々怪々句を見いだし、皆さんと共に味わおうという連載は、名づけて「百年歳時記」。夏井いつきの目に触れた様々な作品を毎月紹介鑑賞していきます。


ほんとうは雲から落ちてくる雲雀  樫の木
私たちが知っている「雲雀」は、春を告げる明るい高音の囀り。空へ向かって何度も何度も上っていく姿から傍題「揚雲雀」も生まれました。掲出句「ほんとうは」から始まる詩句が表現するのは、虚構の世界に立ち現れる詩的真実です。ねえ知ってるかい、「雲雀」って「ほんとうは雲から落ちてくる」んだよ。だから、何度も何度も高く飛び上がって「雲」のある場所に戻りたがってるんだ。ほら、「雲雀」の声をよく聞いてごらん。息も付けないほどチュルチュルピチュルピチュルって、痛そうに辛そうに鳴き続けてるだろ。
 こんな句に出遭うと、「雲雀」の声とは、自分がいた空を恋う痛切な叫びなのだ……としか思えなくなる。これが詩の力なのです。
(松山市公式サイト『俳句ポスト365』4月14日掲載分)

菜の花やメルトダウンは千年前  このはる紗耶
 「メルトダウン」とは炉心溶融とも呼ばれる原子炉の重大事故の一つ。「メルトダウン」から千年たった地球には、眩しいほどの「菜の花」が咲き広がっています。どこまでもどこまでも、在るのは「菜の花」のみ。この世のものとは思えない「菜の花」の黄色を美しく眺めているうちに、ハッと気づくのです。「千年前」の「菜の花」ってこんなに激しい黄色だったか……と。近づいてみると、眼前の「菜の花」の一花一花の大きさに驚きます。「菜の花」の一本一本は、まるで蓮の葉のようにゆらりゆらりと風に戦いでいるではないか……という想像に囚われて、慄然としました。「メルトダウン」千年後の未来、そこに咲く「菜の花」を皆さんはどう想像しますか。
(松山市公式サイト『俳句ポスト365』4月28日掲載分)

黒板消す薄暑の大きストローク  トポル
 兼題「薄暑」は、初夏の少し汗ばむ頃を意味する時候の季語。「黒板消す」のは日直当番でしょうか。「薄暑の大きストローク」という措辞は、小さな小学生ではなく、中学生高校生のイメージですが、私は教員自身が消しているのではないかと読みました。
 「薄暑」の少し汗ばむ感じを、「黒板消す」という行為と「大きストローク」という比喩で描く。初夏のひかりに舞うチョークの粉、鼻に入ってくるチョークの粒子、匂い、ぐいぐいと消す黒板消しの感触、次の授業のために教室移動する生徒たちの声、黒板を消しながら「体育に遅れないように移動しなさいよ!」なんて生徒に声を掛ける教師、そんな光景が一気に立ち上がってきた一句でした。
(松山市公式サイト『俳句ポスト365』5月12日掲載分)

合戦の前夜の凧へ酒供ふ  大五郎
 季語「凧合戦」を夏としているもの春としているもの、歳時記によって判断が分かれます。五月五日に開催される愛媛県内子町の「凧合戦」は有名。例年でしたら五月五日は晩春なのですが、今年の五月五日は立夏。成る程、こんな微妙な季節なのだと納得しました。
 「凧合戦」は、凧を揚げて距離を競ったり、凧糸を切り合ったりする遊びですが、隣の地区と勝敗を競う等、町や村をあげての娯楽でもありました。掲出句の「凧」は、自分で作った自慢の凧か。今年は見事な「凧」ができた。明日の「凧合戦」の勝ちは間違いなしだと、神棚に「酒」を供え、拝んでいるのです。「合戦の前夜」の期待と楽しみ。「凧合戦」とはまさに男たちの真剣な遊びなのです。
(ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』4月28日放送分)

蠅生るまず牛の何たるかを知る  紫水晶
世のすべて清らと思う蠅生る  小泉岩魚
 前句、牛小屋で生まれた「蠅」が最初に遭遇するのが「牛」という生き物なのだという愉快な一句。一体、これは何だろうと訝しげに「牛」という生き物の一部分をしげしげと眺める小さな「蠅」。生まれて「まず牛の何たるかを知る」という、格言の如き重々しい言い回しが飄々たる俳諧味となって、読者の心を愉しませます。
 後句、たとえ「蠅」であっても、生まれてくるときは「清ら」なんじゃないかと思うのです。清らに生まれた「蠅」が、清らな目で眺める「世のすべて」は「清らと思う」のだよ、という措辞にハッとします。清らに生まれた「蠅」と清らであるべき「世」は、どの段階で汚れていくのか。読めば読むほど奥の深い作品であります。
(ラジオ番組『夏井いつきの一句一遊』4月21日放送分)


百年歳時記は、南海放送ラジオ『夏井いつきの一句一遊』や
松山市公式サイト『俳句ポスト365』http://haikutown.jp/post/
などに投句された俳句を紹介します。


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俳句の街 まつやま

俳句ポスト365



協力 松山市

「俳句ポスト365」は松山市が運営する俳句の投稿サイトです。
毎週新しい兼題が発表されます!

http://haikutown.jp/post/


金曜日優秀句
平成29年4月度





桃の花雲の真下は暗けれど  dolce
つくしから生まるるならば今日の雲  くらげを
壜に飼ふ夕べの雲や春果てぬ  与志魚
春の雲へ空き瓶のくち一ダース  剣持すな恵
萵苣割るや星雲どつと回りだす  とおと
雲梯にぶらさがつてる春ショール  比々き
雲の小片集める春のビルヂング  28あずきち
流水の雲踏み砕く春の駒  ウェンズデー正人
春雲滔滔野を翳すヒンデンブルク  めいおう星


ほんとうは雲から落ちてくる雲雀  樫の木


菜の花(なのはな)



菜の花を黄色はみ出してはないか  鞠月けい
なのはなの黄つ黄黄つ黄とこすれあふ  鈴木牛後
菜の花や川はまつたいらに進む  耳目
菜の花の空の大いに立方体  ウェンズデー正人
菜の花やとおくのまちのちさきみせ  さな(5才)
菜の花に緑の蕾百七こ  むらさき(4さい)
菜の花が送電線焦がしたのだ  月の道
なのはなにハレルヤハレルヤなぶられに  とおと
菜の花やなんと明るき畜生道  葦信夫
菜の花を眼下に焼き場後にする  理酔
菜の花や存外太い骨なれど  としなり



菜の花やメルトダウンは千年前  このはる紗耶


6月の兼題

投句期間 6月1日〜6月14日
秋櫻子忌(しゅうおうしき)
晩夏/人事
7月17日。水原秋櫻子の忌日。「紫陽花忌」「喜雨亭忌」「群青忌」とも呼ばれる。明治25年(1892年)10月9日に東京神田で生まれ、昭和56年(1981年)のこの日に、88歳で亡くなった。

投句期間 6月15日〜6月28日
夏越(なごし)
晩夏/人事
陰暦6月晦日に行われる大祓の神事。夏越の祓。「輪越祭」とも呼ばれ、参詣者が茅の輪をくぐったり、形代に穢れを託して祓い流したりするなど神事が行われる。

参考文献 『カラー版 新日本大歳時記』(講談社)


 「俳句ポスト365」は携帯電話からもご参加いただけます。
 「俳句ポスト365」公式Facebookページ開設中! 公式サイトに設置しておりますリンクよりお入りください。毎回の兼題のお知らせを中心にお伝えしながら、皆様の返信欄への書き込みもお待ちしております。


 募集の兼題は変更される場合があります。「俳句ポスト365」のサイトで最新の情報をご確認ください。


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一句一遊情報局



協力 南海放送


金曜日優秀句
平成29年4月度




青丹よし三山霞む停留所  マイマイ
春光に石の棺の丹色かな  小市
春塵を集め仙丹練りあげる  石川焦点
触るることならぬ巫女の手牡丹の芽  あおい
リハビリの春愁丹田呼吸法  木村布遊
仁丹を噛む春闘の夜である  ラーラ
仁丹に湖のにほひや立子の忌  ドクトルバンブー
切支丹ゆかりの丘や海へ花  華緒
火の色の蔓薔薇かくれ切支丹  富山の露玉
切支丹墓石百基を囀れり  鯛飯
甲比丹は長身花冷えの大広間  長緒連


丹の錆びて菜の花一千三百年  オカマ御飯


エリカ

惑星の朝の光を花エリカ  太郎
エリカの花もつれあいつつ雨の朝  花みずき
むらさきの呼気ほどエリカ淋しがる  恋衣
空気の重みは花エリカの重み  なおき
軒下のエリカや冷戦の最中  宵嵐
丸々とエリカ誰も死なない午後  天玲
淡雪色のエリカほろほろ訃報来る  越智空子
高台にエリカを育て寡なり  鯛飯
尖塔の眩しき島やエリカ咲く  まどん
退廃と小さく鳴く鳥花エリカ  樫の木


餞のエリカ荒野に眠るドッグタグ  モッツァレラえのくし


蠅生まる(はえうまる)

ぷんにょりという音のして蠅生る  ちろりん
生まれ来てただの蠅なり顔洗う  青萄
玲瓏たる翅を備えて蠅生る  高尾綾
蠅生るまず牛の何たるかを知る  紫水晶
花の名札にふりがなほどの蠅生る  甘泉
産土は一茶と同じ蠅生る  松田T
屍ひとつ腐して千の蠅生る  亀田荒太
蠅生る星追う猫の亡骸に  立志
墜つるままの果実のにほひ蠅生る  緑の手
人住めぬ村と知らずや蠅生る  直木ようこ
蠅生れ夜半に越ゆる回帰線  樫の木


世のすべて清らと思う蠅生る  小泉岩魚


凧合戦(たこがっせん)

一斉に駆けるは好機凧合戦  樹朋
含み水地にも吹きつけ凧合戦  青萄
男衆の足袋に草汁凧合戦  烏天狗
砂利石を駆け水を駆け凧合戦  マイマイ
川の石跨ぎ踏ん張る凧合戦  みいみ
凧合戦鋸山を袖に置く  篠原そも
一枚は不穏な動き凧合戦  笑松
落凧へひときわ高き怒号かな  糖尿猫
西軍の凧は赤き尾凧合戦  樫の木
西組は手強き小兵凧合戦  鞠月


合戦の前夜の凧へ酒供ふ  大五郎


投句募集中の兼題

投句締切 6月4日

いなさ
仲夏/天文
「たつみかぜ」とも呼ばれる、南東から吹く風のこと。特に台風に伴って吹く強風をいう場合が多く、大雨の前兆とされる。

オーデコロン
三夏/人事
主に夏の外出時に、汗臭い体臭を消すために用いる香水の一種で、香料の濃度が比較的薄くさっぱりした芳香を持つ。


投句締切 6月18日


季語ではない兼題です。「薬」という字が詠み込まれていれば、読み方 用い方は問いません。季語は当季を原則として、自由に選んでください。

淡雪羹(あわゆきかん)
三夏/人事
煮溶かした寒天と白砂糖と合わせたものに、泡立てた卵白と香料を入れ、型に流し込んで固めたもの。口に入れると淡雪のようにふわりと溶ける。

参考文献『カラー版 新日本大歳時記』(講談社)


夏井いつきの一句一遊
南海放送ラジオ(愛媛県 AM1116kHz)
毎週月〜金曜 午前10時放送
週替わりの季語を兼題に、要努力の月曜日から優秀句の金曜日へと、紹介される俳句のレベルが上がっていきます。最優秀句「天」を目指せ!

投句宛先
〒790-8510 南海放送ラジオ 「夏井いつきの一句一遊」係
Eメール ku@rnb.co.jp

こちらからも番組へ投句できます!
http://www.marukobo.com/media/


※ 掲載の俳句は、有志によって朧庵(http://575sns.aritani-mahoro.com/)の掲示板「落書き俳句ノート」に書き込まれたラジオの聞き書きをもとにしたものです。俳句ならびに俳号が実際とは異なっている場合がありますのでご了承ください。


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今回のお題句に対する投句から次のお題句を選び繋げてゆく

疑似俳句対局


選者 美杉しげり


 柝の音さんから「見ているだけでなく参加したほうが数倍楽しいです」というお便りをいただきました。そうです! こういう企画は参加したもの勝ち。どんどん投句して目一杯楽しみましょう。

今回のお題句

南風や工場よりぽんこつの月  土井探花


候補句

工場にピンクのカーテン春愁  小市
 今月の一番乗り句。これ、大工場ではないですよね。しかも春愁となると、まるで閉鎖寸前? 同作者の「工場のグロスの匂ひ若葉風」の工場は活気にあふれていそうですが。

 今月は「ぽんこつ」に反応した方、あまた。なぜか妙に惹かれる言葉ですよね。
朴の花ぽてりぽんこつ車の数多  越智空子
ぷかぷうとオルガンぽんこつなる立夏  松尾千波矢
ぽんこつの裸身を仕舞ふ柔道着  土井探花
ぽんこつの昭和のテレビに棲む蜥蜴  ぐずみ
ぽんこつが笑ふポンコツ昭和の日  鈴木牛後
 越智空子さんの句、「ぽてり」のオノマトペと「ぽんこつ車」がのんびりした気分。ぽんこつと言いつつ、むしろ愛おしんでいるような。松尾千波矢さんの句も「ぷかぷう」というオノマトペが楽しい! このオルガンも長く愛されてきたのだろうなと読み手に思わせますよね。
 土井探花さんの句、可笑しい。柔道着に身をつつんでも、どうもあまり強くはなさそうです。すぐに着崩れてしまいそうだし。
 ぐずみさんの句の蜥蜴は、廃棄されたテレビに棲みついているのでしょうか。確かに昭和の頃の厚みのあるテレビなら、蜥蜴のねぐらになりそう。
 鈴木牛後さんの句は、あっけらかんと笑えるようでもあり、どこか自嘲の苦さも感じられるようでもあり、意外に手強い句ですね。「昭和の日」という季語が微妙な陰影を句に与えて。

夏の宵工場の影で立ちしょうべん  すぎ本たかし
工場の紙魚哲学を食ひにけり  中山月波
めだかめだかたまに灯の点く螺子工場  凡鑽
 工場三句。すぎ本たかしさんの句、これ工場の従業員じゃないですよね。軽犯罪だ(笑)
 中山月波さんの句の紙魚、いきなり存在論を語りだしたりしそうで可笑しい。
 凡鑽さんの句の螺子工場で飼われているメダカというのも面白いですね。でも「たまに灯の点く」だと、ちゃんと世話してもらってるのか心配?

鍛え上げし縫工筋の五月かな  糖尿猫
 「縫工筋」という言葉、初めて知りました。脚の筋肉なのですね。「縫工筋や」で切って、下五を初夏らしい生命力あふれる季語にしても良いように思います。

春昼や猫の微睡む南窓  葉音
 人間だって春の午後は眠い。ましてや猫ならば……という景ですね。「春昼」と「微睡む」が少し近いので、ここは春の物憂い気分にふさわしい植物系の季語もいいかも。

兜虫負けて月面宙返り  ひでやん
 いくら何でも月面宙返りはしないだろう!と思いながらも、お題句の「月」からの意外な展開が愉快な一句。
 同じく「そう来たか〜」と楽しませていただいた二句。
犯人を追って場面は炎天へ  亜阿介
紅薔薇やその場しのぎの謝罪など  柝の音
 亜阿介さんの句は、映画かテレビドラマか……室内のやや暗い画面からいきなりまぶしいほどの明るい場面に切り替わった瞬間でしょうか。
 柝の音さんの句、紅薔薇ですから、何となく恋の場面という雰囲気。高価な薔薇の花束を彼女に差し出して必死で謝っているのは、たぶん男性側なのでしょうね。

いとはんのいけず船場の朝曇  久我恒子
 いいですね、船場言葉。一昔前のドラマの場面のよう。同作者の「麦笛に母呼ぶ工事現場かな」「土工らの麦笛まぢる昼餉時」も映像をきちんと描いていて惹かれました。


次回お題句

乗換の高田馬場や手に扇  恋衣
 固有名詞が面白い効果をあげていると思います。学生の街という現在の景と同時に「高田馬場」という地名から想起されるあれこれが重層的なイメージをもたらすからでしょうか。
 扇を手にしているのは、何となく中年の男性のような……。「冷房効いてないなあ」なんてぶつぶつ言いつつ、せわしなく扇を使うサラリーマンの姿を想像しました。


美杉しげり
 第8回俳句界賞受賞。4年ほど前から小説も書き始め、短編「瑠璃」で第21回やまなし文学賞佳作。美杉しげりはその時からのペンネーム。

毎月25日頃に、投句フォームにてお題句を発表します。投句締切は毎月末日。

疑似俳句対局投句フォームアドレス
http://marukobo.com/taikyoku/


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鑑(み)るという冒険


〜映画篇 演劇篇〜

文&俳句 猫正宗


第五十六回
『キングコング 髑髏島の巨神』&『悪童日記』


 以前『シン ゴジラ』を皮切りに上演される幾つかのゴジラ映画が、世界中で怪獣を呼び覚ますのでは……と書いた。だが、それは既に始まっているのかも。本作の予告を観て思ったのは「これって多々良島(『ウルトラマン』第八話『怪獣無法地帯』)じゃん」。いや、『怪獣無法地帯』が、本作も基にしている初代『キング コング』(一九三三年)を下敷きにしているわけで、当たり前っちゃあ当たり前なんですが、それだけ見た目が怪獣映画してたってこと。若干乙に澄ましていた二〇〇五年版『キング コング』にはなかった雰囲気。さて、かつてはあり得ないが故に恐ろしかったものの、いまや、それゆえに嘲笑の対象となっている怪獣。だから現代に怪獣を登場させようとしたら、概ね何らかの理屈が必要だ。ところが本作には(一九七三年の設定とはいえ)爽快 痛快なほどに理屈がない。なぜゴリラ(?)が巨大? なぜ上陸不可能な孤島に原住民が? なぜコングは原住民や主人公たちを守るの? 等々、ほぼ説明なし。圧倒的映像技術とそれによって描かれるコングのやんちゃさ(本作のコングは若いのだ)で押し切ってしまう。それを可能にしているのが今までと決定的に異なる点、コングが骸骨島から外に出ないことだ。骸骨島にいる限り、コングは王であり神だ。だから、今までの「キングコング」にあった文明と未開 野蛮、美女と野獣のモチーフは微かに触れる程度。殉教者のイメージもない。そこを期待される方には物足りないかも。今回のコングはとにかく単純に元気でキュートな暴れ者なのがよいのだ。もっとも本作は、通常コング映画の前日譚説もあり、続編的作品も決定している。いずれ島外に出るだろう。その時も剛腕で理屈をねじ伏せるのか、それとも理屈に捕まるのか、そんな点も楽しみなのです。 

むくつけき男野の花そっとよけ

 『悪童日記』('17年4月15日、16日、シアターねこ)はアゴタ クリストフの原作をサファリ Pの第二回公演として上演。映画化もされているので、そちらでご存知の方も多いのでは? 本公演のプレトークで脚色 演出の山口茜が語るところ、舞台化するにあたり、ストーリーを追っていたのでは小説や映画に勝てない、表現すべきは原作特有の即物的な文体だと思ったそうである。その言葉通り、本舞台では、ストーリーの流れの説明や描写は極力抑えられている。出演陣の高い身体能力による独特な表現、役者達が次々と多くの役柄を演じる無名性、シンプルな装置の組み替えでどんどん展開してく場面等で進行する、感性と知性に挑戦するような刺激的な舞台。ただ、私にはややスタイリッシュすぎた様にも。そこで得られる感動は、例えばダンスやパフォーマンスで得られるものとどう違うのかよくわからん、と思ってしまったのは私の感性が保守的なのでしょう。しかし山口がプレトークやシアターねこしんぶんで表していたような想いを抱くには、もう少しストーリーが伝わらないと難しいようにも思うのです。

文体の乾いたる書に若葉風


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mhm通信



第754回

文 蓮睡


女川町の桜を復活させよう! チャリティー句会ライブ

 去る4月2日に開催されたmhm主催大花見大会の中で、「第6回 女川町の桜を復活させよう! チャリティー句会ライブ」が行われました。
 8時。今年も始まった12時間耐久花見。開始時間に集まったのは総勢12名。そのメンバーで撮った写真に写るともぞうさんは、シャッターに目もくれず、桜の花をめでておりました。桜は2分咲きほどではありましたが、朝はお天気が良く、時間が進むにつれて桜が道後公園を色づけておりました。
 8時30分。そんなことはどうでもいいと言わんばかりに始まった酒盛り(笑)。お酒が飲めない方は、しんじゆさんの恒例のお店「喫茶 恋猫だったころ」のコーヒーを飲まれていました。お店の名前の由来を考え過ぎるのはやめておきます。
 9時。句会ライブへの投句を、いの一番に詠んでくださったのは理酔さん。感動しました!
 10時30分「百年俳句賞」の表彰式が終わり、皆さんが花見に来られて会場がにぎわってきました。話に花が咲き、句会ライブの投句もどんどん集まり始めました。
 12時30分。投句〆切のギリギリまで悩む方もいれば、考えてきたかのようにすぐに出す方も。
 13時過ぎ。いよいよチャリティー句会ライブの開始。審査は夏井いつき組長が快く引き受けてくださり、惜しくも決勝に残れなかった句を皆さんに紹介してくださいました。様々な俳句への想いと予期せぬ別れへの祈りを、選評に託されていたと思います。
 決勝の句合わせではハプニング続出。句合わせで同点の句がでたり、作者発表の時に作者がいなかったり、そして、最優秀に選ばれた句の作者までいない、という前代未聞な句会ライブ。

桜って鬱の色だよなあ太宰  ねこ端石

 じゃあ、キムさんの絵をだれが持って帰るか?ということになり、私が欲しい!という方が続出。
 ……と、喝を入れるかの如く、突如轟く春の雷。雨を警戒して一気に片付けが始まりました。
 その後については色々と検討したのですが、15時ごろに途中解散とすることになってしまい、誠に申し訳ございませんでした。次回以降では、雨天時の対応や句会ライブの進め方など検討していきたいと思います。
 なお、現地で提供させていただく予定でしたチャリティー俳画(若狹会長がキムさんの絵の半分のサイズで描くスプレー画)については、後日完成させて、先日、お渡しさせていただきました。
 最終的には96名の参加をいただいた句会ライブ。当日募った「女川 桜守の会」への募金、計31,058円は、桜守の会へお届けして、会の方からはお礼の言葉をいただきました。
 ご協力頂きました皆様、本当にありがとうございました。


 mhmでは松山市内外問わず会員を募集中です。原則、毎月最終金曜日19時からマルコボ.コムにて定例会を行います。偶数月は懇親会も開催! 興味のある方は事務局(mhm_info@e-mhm.com)またはFacebook(http://www.facebook.com/mhmhaiku)まで。


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朝の見る句


蜂谷一人

No.3


新緑の牙森を噛む人を噛む   一人

 新緑が街にやってきました。待ちに待った季節ですが、何故か少々生臭く、もやもやとしたものが心に生まれる時期でもあります。動物臭い、といったらいいのでしょうか。私の頭の中ではこんな妄想が広がります。鋭い牙を持った緑の獣。それが新緑です。この牙に噛まれたものはすべて緑に染まります。丁度ゾンビ映画で襲われた人がゾンビに変わってゆくように。山では南向きの開けた斜面から高い尾根へ新緑が駆け上がってゆきます。街では公園の木立から、ベランダの鉢に飛び移り勢力を広げてゆきます。どんなに警戒して窓を閉ざしていても、見逃してくれることはありません。それは運命。死が避けられないように、新緑からも逃れられないのです。どこにでも入り込む器用さと抜け目のなさを備えた新緑の獣。逃れるすべがないのなら、いっそ身を任せてしまおうか。そんな心に芽生えた迷い、それがあのもやもやの正体なのだと思い定めました。


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100年俳句計画 掲示板



テレビ ラジオ

NHK Eテレ『NHK俳句』
 日曜6時35分〜7時
 (再放送:水曜15時〜15時25分)
 夏井いつきが第3週選者を担当
6月18日(日)、再放送21日(水)
募集兼題
 「遠雷」または自由
投句締切 6月10日必着
投稿は葉書1枚に1句。選者名、兼題、俳句1句、名前、年齢、電話番号明記。
宛先 〒150ー8001 NHK「NHK俳句」係
ホームページからの応募も可 http://www4.nhk.or.jp/nhkhaiku/

NHK Eテレ
 『俳句王国がゆく』(宮城県加美町)
6月25日(日) 14時30分〜15時30分
 夏井いつきが主宰です。

NHK 総合テレビ(四国四県域)
 「四国 おひるのクローバー」内 隔週火曜
 『夏井いつきのムービー俳句!』
6月13日(火)、27日(火) 11時30分〜

TBS系列局 全国ネット
 『プレバト!!』
毎週木曜 19時〜19時56分
 夏井いつきが俳句の査定を担当

南海放送
 松山市政広報番組
 『大好きまつやま〜しあわせ未来塾〜』
毎週火曜 20時54分〜21時
(再放送:日曜11時40分〜11時45分)
 夏井いつきが塾長として出演

南海放送ラジオ
 『夏井いつきの一句一遊』
毎週月〜金曜 10時〜10時10分
  「一句一遊情報局」コーナー参照

FMラヂオバリバリ
 『俳句チャンネル』
毎週月曜 17時15分〜17時30分
(再放送:火曜7時15分〜7時30分)
投句募集兼題
「蛍袋、雨」 6月4日締切
「夏の川、泉」 6月18日締切
 WEB http://www.baribari789.com/
 mail radio@baribari789.com
 FAX 0898(33)0789
  投句には本名 住所をお忘れなく!
  「天」の句にはキム チャンヒのイラストポストカードが贈られます。

*各番組の放送予定は変更される場合がございます。新聞などで最新情報をご確認ください。


執筆

松山市の俳句サイト
 『俳句ポスト365』
http://haikutown.jp/post/
 「俳句ポスト365」のページ参照

テレビ大阪俳句クラブ
http://www.tv-osaka.co.jp/haiku_club/

ジュニア愛媛新聞スマイル!ピント
 「集まれ俳句キッズ」(夏井いつき選)
  毎週日曜タブロイド判8ページ

朝日新聞愛媛俳壇(夏井いつき選)
投稿は葉書1枚に5句以内(未発表句)。裏面に作品と共に住所、氏名、電話番号を明記。
朝日新聞松山総局(〒790ー0003 松山市三番町4ー9ー6 NBF松山日銀前ビル)まで。


イベント 講演等

NHK文化センター名古屋教室 夏井いつきのカンタン俳句塾
6月3日(土)10時30分〜、13時30分〜
 NHK文化センター名古屋教室(愛知県)
 受講料
 会員 3931円
 一般 4492円
問合先 NHK文化センター名古屋教室
電話 052(952)7330

第22回全国鵜飼サミット大洲大会 夏井いつきの俳句ライブ
6月5日(日) 15時〜
 大洲市民会館 大ホール(愛媛県)
 要事前申込(整理券配布)
問合先 大洲市観光協会
電話 0893(24)2664

岡山県私立幼稚園連盟春の総会 夏井いつきの句会ライブ
6月10日(土)
  講演会 11時〜
  ワークショップ 13時〜
 ピュアリティまきび(岡山市)
 私立幼稚園教員対象
問合先 岡山県私立幼稚園連盟
電話 086(224)7481

幸田町制65周年記念 NHK俳句王国がゆく公開録画
6月17日(土)13時30分〜15時30分
 幸田町民会館 つばきホール(愛知県)
問合先
 NHKプラネット中部 電話 052(952)7381
 幸田町企画部企画政策課 電話 0564(63)5132
 参加申込受付は終了しています。

明治体感☆俳句塾
6月24日(土) 10時〜12時
 坂の上の雲ミュージアム(愛媛県)
対象 @小学4〜6年(先着10名。着物を貸与、9時〜着付。保護者同伴)
   A小学生以上(先着70名)
申込 6月1日(木)8時30分〜。定員に達し次第終了。後日整理券郵送。
住所、氏名、電話番号、申込人数(@は学年と保護者氏名)を添えて、電話、FAX、Eメールにてお申し込みください。
〒790ー0001  松山市一番町三丁目20
 坂の上の雲ミュージアム「明治体感☆俳句塾」係
電話  089(915)2601
FAX 089(915)3600
Eメール saka-museum@city.matsuyama.ehime.jp

やましんレディースセミナー 第1回例会
 夏井いつき講演会「100年俳句計画」
6月26日(月) 13時30分〜15時
 山形グランドホテル(山形県)
問合先 山形新聞編集局
電話 023(622)5271

旭川青年大学6月講座
 夏井いつきの句会ライブ 〜俳句が日本を元気にする!〜
6月29日(木) 18時30分〜20時
 旭川市民文化会館(北海道)
問合先 旭川青年大学事務局
電話 0166(25)7331


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魚のアブク



読者から寄せられたお便りをご紹介
お便りお待ちしています!
100年俳句計画編集室「魚のアブク」宛、もしくは他の投稿に添えてお寄せください。


み藻砂 初めての投稿です。まだシステム内容理解できず、です。PCにてこずってます。

編集室 ようこそ『100年俳句計画へ』! コンピューターの苦手な方は郵送などでも結構ですので、ご自身にあった方法でのご参加を。ご不明な点はどうぞ編集室までお尋ねください。

出楽久眞 へたうま4月号で追放されてしまいました。今月は雑詠俳句計画に投句しますが、またへたうまの道に戻ってきます。

明惟久里 ふづきさんの句集『水掻き』を拝読。新しいセンスの(ファッションならぬ)俳句ショーをしばし楽しませていただいた気分になりました。特にリフレインを巧く使われた数句に感心。いつか私にもこうした技に挑戦できる時が来るでしょうか。ふづきさんおめでとうございます

編集室 4月号付録の、百年俳句賞最優秀作品句集『水掻き』のご感想ありがとうございました。編集室では毎月掲載している様々な作品への皆さんのご感想もお待ちしています!

みやこまる こっそりと俳句の世界に出戻ってまいりました。またよろしくお願い致します!

葉音 俳句を始めてから、ちょうど1年になりました。実力はなかなか上達しませんが、俳句を通してたくさんのお友達ができ、今までできなかった体験ができることが、何より楽しいです。

うに子 桜が散ったら一気に暑くなりました。ご自愛ください。

喜多輝女 今年のお花見は雨と雷で残念でした。たしか去年も雨だったような……来年を楽しみにしましょう!

緑の手 俳号有田けいこで福祉俳句へ投句させていただき、思いがけず大賞をいただき、素晴らしい道後温泉の浴衣で作ったトートバッグを贈っていただきました。大きさも形もデザインも大変素敵で、木札まで付いていて、本当に使い勝手の良い素敵な物で、感激しております。大切に使わせていただきます。本当にありがとうございました。

小雪 俳句甲子園切手買いました! 切手と俳句のコラボ、素敵すぎる〜。偶然郵便局で見かけすぐ買いました。切手一枚一枚に入選句がプリントされています。でもラブリー過ぎて使えそうにありません?!

元旦 独創的な句はもちろんいいですけど、平凡で月並みな俳句もいいかなと。平凡な自分が平凡な発想で詠む句ですが、自分にとっては唯一の句ではないかという気もします。ん? これって単なる言い訳か。


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鮎の友釣り


第227回


俳号 三津浜わたる(みつはまわたる)

前回 山野遊造さんへ 長らくご無沙汰しております。また、ご指名頂きありがとうございます。
 今は健康的な毎日を送ってらっしゃるそうですが、瀑さんの家で呑んだ夜のように、またいつか酒を呑みかわしながら俳句談議をしたいものです。

写真 内子の「レストランからり」にて、ビールを飲んでいる様子。この後、代行運転で松山へ帰宅(嘘)

近況 俳句甲子園実行委員会メンバーとして運営に携わっています。今年は20回の節目の大会。今までにない企画もありますので、多くの人に見に来て頂ければと思います。

次回 大五郎さんへ 独身で自営業の私には分からない苦労もあるみたいですが、いつも頼りにしています。同じ俳句甲子園実行委員会メンバーとして、力を合わせて20回大会を成功させましょう!


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告知



春夏秋冬(しき)笑顔
まつやま福祉
五七五

主催 
松山市社会福祉協議会
有限会社マルコボ.コム(ふくし句会 ハイクライフマガジン『100年俳句計画』選句)


福祉をテーマにした
春の五七五結果発表

会長賞
花屑を拭きて畳みし車椅子  ヤッチー(東京都)

優秀賞
ちゆうりつぷそよぐ双子のべびいかあ  有田けいこ(松山市)
春の味届ける匙に笑み映り  穂の美(四国中央市)
けふよりは古稀の手で摘む蓬かな  梶原マサ子(福岡県)

入賞
桜見たし介護ベッドの角度良し  たあさん(松山市)
トントンと弾む白杖春の旅  渡邉竹庵(千葉県)
三月の私の色はまちがってない  雪桜(松山市)
ばあちゃんとわになりおどるはるまつり  森まつかな(松山市)





子規 漱石生誕150年シンポジウム
俳句県みんなで詠むぞ575

主催 愛媛新聞社 子規新報 100年俳句計画
協力 創風社出版 マルコボ.コム


2017年6月4日(日) 13:30〜(受付13時〜)
愛媛新聞社 1階ホール(松山市大手町1丁目12-1)
入場料 一般1,000円、学生500円

《第1部》シンポジウム「俳句県みんなで詠むぞ575」
《第2部》議論が名句を作る!「句合わせ対決」

当日投句有り!賞品有り!
 当季(初夏)雑詠句を当日募集します。(一人一句のみ)
 優秀&佳作作品それぞれ3句ずつ選び、第2部の「句合わせ対決」にて使用します。

出演者(予定)
 坪内稔典氏、小西昭夫氏、キム チャンヒ氏、
 岡本亜蘇氏、菅紀子氏、岡田英樹氏、青木亮人氏、
 若狹昭宏氏、川又 夕氏、寺岡 凜氏、ほか

 愛媛新聞アクリートくらぶ会員の方は、愛媛新聞社エリアサービへお申し込みください。
 会員以外の方は、郵便局備え付けの払込取扱票に「子規 漱石生誕150年シンポ」、入場券の枚数、枚数分の料金と発送手数料(52円×枚数分)の合計金額、郵便番号、住所、氏名、電話番号を明記し、振込先口座番号 01600-4-15421、加入者名 (株)愛媛新聞社 までお振り込みください。(別途、振込手数料が必要)

問い合わせ
 愛媛新聞社 営業局企画事業部
 電話 089-935-2355

チケットは、マルコボ.コムでも販売中です。電話 089-906-0694 までお問い合わせください。


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編集後記


キム チャンヒ

 今年の松山では「子規漱石生誕150年」という冠をしたイベントが目白押し。しかし、その多くが行政主催によるもの。この記念すべき年に「俳人たちが主体となって声を発するべきじゃないのか」という思いで企画しているのが、「俳句県みんなで詠むぞ575」というシンポジウムである。
 せっかくやるなら、いろいろな人を巻き込みたい。まずは、今年20回大会となる俳句甲子園の基本ルールを生んだ俳句新聞『子規新報』の編集長小西昭夫さんに相談した。すると、もっといろいろ巻き込もうということになり、愛媛新聞社にも相談をし、愛媛・松山発の媒体3紙による企画となった。具体的に企画に入ったのが、今年の1月。既に夏井いつき組長のスケジュールには余裕がなく、その代わりというわけではないが、愛媛県出身の俳人坪内稔典さんをお迎えして開催することとなった。
 20代から年長者までの俳人が一堂に会して、未来の俳句について語り合う、そんな場になることを期待しての企画。次の100年の一歩になれば思っている。
 そしてまだ、チケットを購入できます! 興味のある方は、是非お問い合わせを!


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次号予告


236号 7月1日発行予定

子規 漱石 生誕150年シンポジウム
俳句県みんなで詠むぞ575


お得で便利なマルコボ.コム直販定期購読! 巻末の案内をご覧ください
お申し込みの方へ、毎月末頃に最新号を送料無料でお届けいたします!
(住所変更の際は必ず編集室までご連絡ください)

『HAIKU LIFE MAGAZINE 100年俳句計画』は以下の書店でもお買い求め頂けます。

愛媛県
 明屋書店 ※一部店舗のみ
 ゆらり内海(愛南町)
 原田書房(今治市)
 子規記念博物館(松山市)
 紀伊國屋書店松山店
 ジュンク堂書店松山店


HAIKU LIFE MAGAZINE 100年俳句計画
2017年6月号(No.235)

編集人 キム チャンヒ
発行人 三瀬明子

2017年6月1日発行